全身丸ごと大好き
切断・欠損表現があります。苦手な方は回避してください。
菊地原と一緒に、買い物に行った。
同じトルソーがずらっと並んだ棚を二人で眺めつつ、目的の場所へと進む。
似たようなものは俺の家にもあるのだけど、それじゃ少し小さいから、わざわざ買いに来た。
「ねえ、それ買うのにぼく必要なの?」
「うん。……ああ、あった」
ようやくたどり着いた場所は、板前なんかが使うような大きな解体包丁。
一つ一つ銘が彫り込まれていて、関だの美濃だのと、作られた場所はポップに書かれている。
迷うな、どれもこれもよく切れそうだ。
一番大きくてきれいな包丁をとりあえず取って、菊地原の手を引く。
「何?」
「ちゃんと確認しないと」
「ええ、そのために連れてきたの? めんどくさ……」
ぶつくさ言いながら、菊地原は「試し切り用」と書かれたベッドに横になった。板の上に菊地原の右腕を乗せ、包丁を振り下ろす。頬に暖かいものが飛んできた。
「うーん……。やりづらいな」
小さめの包丁を取って、今度は左腕。菊地原は無感動に自分の腕が切り離されるのを見ている。さっきよりはやりやすいけど、一回でできないな。
続いて、最初と二本目の中間位のものを取る。
腕はなくなってしまったので、今度は足にした。左足を切り落とす。これも違うなあ。
「ねえ、もうちょっとちゃんと選んでからにしてよ。あと右足しかないじゃん」
「だって、どれもこれもよさそうなんだよ。次これにしよ」
一番真っ赤な包丁を取ると、菊地原がため息をついた。
「結局それ? 何回もやってるのにまだ選ぶの?」
「だって、ちゃんと確認しないと」
右足を真っ赤な包丁で切る。一番手になじんだ。
ちゃんときれいに切れるし、これにしようかな。だけど、もうちょっとちゃんと考えたいな。
俺は両手両足がなくなってしまった菊地原を、さっきのトルソーの棚に並べた。
「……ッ!!」
とんでもない夢を見て、飛び起きた。
体中汗びっしょりで、心臓が早鐘のように打っている。時計を見ると、まだ3時だ。喉がからからで、暗い中、手さぐりで枕元の水を飲む。
「っは、はぁ、はぁ……」
「んー……」
水を飲み干し息を吐いたら、ベッドの隣から、うめくような声が聞こえてきた。
ぎょっとしてそちらを見ると、茶色い頭が見えている。そうか、菊地原、泊まったんだっけ。
ペットボトルを置いて、じっとその寝顔を見る。目元が赤い。
そっと親指でそこをなでてから、恐る恐る、布団を持ち上げる。
あちこちに赤い痕はあったけど、腕も足も、ちゃんとあった。五体満足だ。
途端に力が抜けて、ぼふんと菊地原の上に倒れ込んだ。
ぐえ、と声が聞こえて、そこでようやく、彼が起きていたことに気が付いた。
「……起きてたのか」
「……あれだけもぞもぞしてれば起きるよ。ていうか何、まだ眠いんだけど」
「……うん、ごめん……」
布団ごと、菊地原を抱きしめる。俺の様子がいつもと違うことを不審に思ったのか、彼は鬱陶しいと言いながらも引きはがそうとはしなかった。
背中に菊地原の細い腕が回る。
手首には細長い痕がある。さっきまで、ネクタイで縛っていたからだ。
「なんの夢見たの」
らしくない優しい声に、場違いに笑いがこみ上げる。
乾いた笑いを零してから、いっそう強く彼を抱きしめた。
「菊地原の両手足、切り落とす夢見ちゃった。しかも大量に」
「大量? 何それ。ぼくは一人しかいないよ」
「だよなー。なんか包丁の試し切りとか言って、菊地原の腕切ってさ。両手足ないやつ、全部トルソーにしてんの」
「うわキモッ。みょうじそういう性癖なわけ? 前もぼくの腕切ったよね」
「わからん……。抵抗できない状態にするっていうのは、多分好きなんだけど」
呆れ切った、というか、若干引いているようにも聞こえるが、感情のこもった声で安心した。
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