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自然体でいいのです

村上に分からないように大きく息を吐いて、再び映画に集中する。

敵の刀を奪い、二刀流になった主人公が再び相手に挑みかかり、

「みょうじさん」
「な、なんだ?」

不意に話しかけられ、声が裏返る。
また何か大胆なことを言うのではないかと身構えたが、遠慮がちに言われたことは可愛らしい頼み事だった。

「手、……繋いでいいですか?」
「あ、ああ。もちろん」
「失礼します」

そろそろと伸びた手が、俺の手を掴む。
お互い柔らかさなど欠片もない手のひらだが、この手がどうしようもなく好きなのだから仕方がない。

この手を繋いだんだなと思い出し、感慨に浸っていると、村上がその手をぎゅっと握りこみ。

指先に、音を立てて唇を落とした。

「っ!?」

体をこわばらせるも、それに構わず、村上は指先、関節、手の甲、手のひらと、あちこちにキスを降らせる。
床に付いていた手が、思わず村上に伸びそうになって握りこむ。爪ががりっと床をひっかいた。

手首に柔らかい感触がしたところで、ようやく我に返り、慌てて村上の肩を押した。真っ赤な顔だった村上が、一瞬傷ついたような顔をした。

彼が誤解をする前に、俺は口を開く。

「村上、お前誰に何吹き込まれた?」

彼が自分で、こんなことをしようと思い立つわけがない。九割がた、誰かに何かしらを吹き込まれたのだ。

「え……と」
「怒らないから、言ってみろ」

俺の内なる何かが爆発する前に正直に言ってくれ。

そんな思いを込めて村上の目を見つめると、彼はごまかすようにあちこち視線をさまよわせた。その、とか、あの、とかいつになく歯切れの悪い村上の言葉を待つ。

やがて、俺の手をぎゅっと握りしめながら、彼が言った。

「……荒船と穂刈が」
「うん」
「……付き合って一か月も経って、手を繋ぐだけなのはおかしいと」
「……ほう」

荒船と穂刈か。夜道に気を付けろと伝えておこう。

「それで、その……。こうすれば、みょうじさんが、手を出してくれると」

それで、膝の上に乗ってきたり、口移しだのと言いだしたり、果てには手にキスまでしてきたということか。
荒船と穂刈は俺のツボをよく心得ているようだ。嬉しくない。

実際、何度手を出しかけたことかわからない。村上の行動の衝撃と俺の理性との、まさにつばぜり合いの試合だった。結果は俺の理性が勝ったわけだが。

「村上。……俺はお前が卒業するまでは、手を出すつもりはない。言ったよな?」
「……はい」
「他人は気にするな。……それに、あと何か月かだろ。お互い我慢しよう」
「はい。……すみません」
「わかったならいい」

つんつんと立っている髪をなでると、村上が嬉しそうに笑う。
赤みも引いて、自然体で出ただろうその笑顔が、さっきの突然の行動よりも、がつんと来た。

色即是空空即是色、色不異空空不異色。
落ち着け今せっかくいい雰囲気なんだ。これを壊すようなことはしたくない。

素数を数えながらどうにか落ち着くと、さっきよりも緊張がほぐれたような顔で、村上があの、と話しかけてきた。

「ん?」
「今日、泊まってもいいですか?」
「ああ、いいよ。もう大分遅いしな」
「ありがとうございます。……それで、あの」
「なんだ?」

よく寝るからか、男にしてはきれいな肌を、再び少し赤らめた村上。
続きを待っていると、少しだけはにかんで、核爆弾級の発言がもたらされた。

「寝ている間、手をつないでいてもいいですか?」

彼は自然体のほうが危険なようである。

いじらしい頼みごとを聞き入れた俺はその日、般若心経を一日中(頭の中で)唱え続けたのだった。

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