◎オオカミ男
『実は僕ゾンビなんだ』
「そ、そうだったのね……とりまる知ってた?」
「いえ、すいませんウソです」
僕も烏丸くんに合わせてどっきり大成功、のフリップを見せると、小南ちゃんは顔を真っ赤にして怒り出した。ずいぶん力強いアリスである。
先ほど陽太郎くんに渡したのと同じお菓子の袋を渡すと、ようやく少し怒りが収まった。
「かなりリアルだな。迅が驚きそうだ」
「そういえば、迅が遅いなー。今日早く帰るって言ってたのに」
飾り付けも終わり、レイジさんの料理が並んだリビングには、迅の姿だけがない。ボスですらピエロの帽子をかぶり、丸い鼻をつけて用意しているというのに。
だが、予想通りだ。
僕があげた袋をさっそく開け、お菓子を食べている陽太郎くんをなでていたら、ようやく玄関が開く音がした。
「お、帰ってきたみたいだな。みょうじ、出迎えてやってくれ」
「…………」
ボスに頷きを返し、僕は立ち上がった。白衣の懐に、あるものを隠して。
速足で玄関へ向かうと、伸びをしている迅がいた。迅はすぐ僕に気づいて、手を振ってくれた。僕の仮装は視えていたらしく、驚いたようなそぶりは見せない。
「ただいま、なまえ。リアルなゾンビだなあ。医者ゾンビ?」
「…………」
頷いてから、口だけでおかえり、と言うと、迅は穏やかに笑う。
腕を引かれ、前のめりにバランスを崩したところを、ぎゅっと抱きしめられた。
密着している今ならいけそうだ。
僕は隠し持っていたものを、迅の頭に装着した。
「……え、何コレ?」
迅の頭には、ふわふわとした三角形の耳。犬耳カチューシャである。
仮装するのを恥ずかしがるだろう迅が、わざとぎりぎりに帰ってくるだろうことは分かっていた。
着せるのが無理なら、装着するのみ。
迅の腰に手を回して、ズボンにも尻尾をひっかけた。落ちないようにピンも留めると、即席の狼男が誕生した。
「ちょ、いい年した男が犬耳にしっぽって! やるなら絶対なまえのほうがいいよ!」
「…………」
「あーもう……また読み逃した……」
うなだれる迅の手を引いて、リビングへと向かう。
ドアまでもう少し、というところで、いきなり後ろへ引っ張られた。
背中に迅の胸が当たる感触がする。
「なまえ」
「…………?」
耳元で名前を呼ばれる。
いつもより低い声に驚いて、顔を後ろへ向けると、僕の口に迅のそれが重なった。
ぺろっと舌で唇を舐められ、耳と頬が熱くなる。
一瞬で離れていったものの、上がった熱は収まらない。迅はにやっと笑って、また耳元で囁いた。
「後で、覚えてろよ?」
おれはオオカミだからなと、嬉しそうな声がした。prev next