トリックオアトリート


(本編のifとしてお読みください)



来週の月曜日にガイダンス、という予定を書き込むべく、愛用の手帳を開いて、俺ははたと気が付いた。

「明日、ハロウィンか」

ハロウィン。
起源はヨーロッパ、秋の収穫を祝ったり、悪霊を追い払ったりする宗教的な行事。
が、現在そんな起源など全く意味をなさず、日本ではただ仮装して楽しむだけのイベントになっている。

土曜日だし、もしかしたら犬飼が来るかもしれない。

何かしら用意しておかないとうるさいだろうし、飴でも用意しておくことにした。




翌日、「今から行くね」のメールを受信して十分後、犬飼がやってきた。

「みょうじさん、トリックオアトリート!」
「ほら」

部屋に入るなり、予想通りの言葉を口にしたので、俺はポケットの中の飴を犬飼の手に落としてやった。
ハロウィンだからか、カラフルな包装がかわいらしい。一つ一つにスタンダードなお化けや、狼男なんかが描いてあるのも細かい。

だが、そんなかわいらしいお菓子を渡しても、犬飼は不服そうだった。
ソファに腰を下ろす動作も、どこか機嫌が悪そうである。

「なんだ、何か言いたそうだな」

そう尋ねると、彼は唇を尖らせ、まるで子供のように言った。

「ぜっっったい、みょうじさん用意してないって思ったのに。なんで今日に限って飴なんか持ってんの?」
「お前が言うだろうと思ったから昨日買った」
「え、読まれてた? ちぇー」

不満げながらも、犬飼は袋を破いて、飴を口の中へ放り込む。

やはりカモにしようとしていたらしいが、そうはいかない。コイツの要求が読めない以上、自衛するのが一番なのだから。

なんだかんだ言いつつも、味は気に入ったらしい。
ころころと口の中で飴を転がしている犬飼を眺めていると、彼は小首をかしげて(別に可愛くはない)、何か企んだような笑みを浮かべ、口を開けた。

そして舌の上に少し小さくなった飴玉を乗せて、それを指さす。

「みょうじさんも欲しい?」
「…………」

からかわれているな、とすぐに悟った。

最近はどうも、犬飼は調子に乗っているようだ。
乗らせているのは俺なんだろうが、それでもイラッと来ることはある。

今も、どうせ俺が無視すると思っているから、そんな挑発をしてくるのだろう。

深くため息をつくと、それをただの呆れととったのか、犬飼はけらけら笑った。

「あは、冗談だってー。まあせっかくハロウィンだから、俺も準、備……」

笑いながら舌をひっこめた彼に近寄り、屈んで顔を近づける。

余裕の笑みを浮かべていた口端をわずかにひきつらせ、犬飼は後ろに身を引いた。
とは言っても、後ろにはソファがあるから逃げられはしないが。

「え、……ちょ、な、なに、みょうじさん?」
「犬飼」
「う、うん?」

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