あまいキス


やばい。本格的にやばいぞ、この男。

半目通り越して白眼視する俺などなんのそので、太刀川はおしるこを一気飲みした。もち入ってないのかよと文句まで言う彼を見て、俺はようやく、本部に来た用件を思い出した。

「太刀川」
「ん?」
「トリックオアトリート」
「は?」

あのセリフを言いながら、ついでに手を差し出したら、太刀川は目を丸くした。
ハロウィンだから、と付け加えてみたら、ようやく気が付いたようで頭をかく。

「菓子なんか持ってねーよ。つか、おれは菓子よりレポート手伝ってくれる人が欲しい」
「そうか。ならイタズラはパソコンのブルースクリーンにしようかな」
「みょうじ、ブルースなんか歌うのか?」
「ブルースをcleanじゃないから。さっくり言えば、うーん、パソコン壊す?」
「はあ!? やめろよ、昨日も壊れたんだぞ! 国近が直したけど!」

それはたぶん、コンセントが抜けただけではないだろうか。

無論そんなことをするつもりはない、たまには太刀川を構って遊びたかっただけだ。
A級の太刀川、同じくA級オペレーターの月見は二人とも忙しく、俺だけ置いていかれたみたいで少しだけ寂しかったから。

そんな子供っぽい心情を口にする勇気はなかったので、行事に乗っかって、ちょっとだけ話したかっただけ。

しかし太刀川は面白いほど慌てて、吹き出すのをこらえる俺をよそに、ポケットをごそごそと探している。しかし出てくるのはゴミばかり。

しかしそこで、はたと気が付いたように動きを止め、何を思ったのか、俺の肩を両手でつかんだ。
カラン、と空っぽの缶が地面に落ちる。

「え、何いきなり」

背の高い男に見下ろされると、いくら見知った人間でも威圧感を覚える。だが太刀川は、すごくいいこと思いついた、とでも言いたげな顔で、俺に言った。

「とりあえず甘いもんあればいいんだよな?」
「う、うん……? いやでも、そんな気にしないでも」

冗談だから、と言いかけた俺の口を、太刀川は自分の口でふさいだ。

眼前には太刀川の顔。意外と睫が長いとか、どうでもいいことを考えた。
とんでもなく長く思えた数秒が経って、彼の顔が離れていく。得意そうな表情を見ていたら、じわじわと、頬が熱くなって。

「なんっ……何してんだこのバカ川!」

反射的に顔面を殴ろうとしたら、憎たらしいことに彼はやすやすとよけた。
そしてどや顔のまま、

「いやホラ、おしるこ飲んでたから甘いだろ? だから代わりになるかと思って」
「それ理由!?」

太刀川の無駄にたくましい肩を押して逃げようとしても、思いのほか力が強くて逃げだせない。

しかも、どんどん顔は熱くなっていくし。

「バカだろ冗談に決まってんだろが! てかブルスク出したって再起動すれば大抵直るし!」
「あっ、そうなのか。まあいいだろ、男同士だしノーカンだノーカン」
「そういう問題じゃねーよ! 留年しろバカ! このアホ川!!」

まるで小学生のような罵倒を残し、俺は太刀川の手を無理やり振りほどいて、その場から逃げ出した。

太刀川は大事な幼馴染で、友人で、男で、アホで。
そんなヒゲ面野郎にキスされたって嫌悪感しかないはずで。

それなのにああ確かに甘かったかも、なんて思う俺は、きっと太刀川のせいで、頭がどうかしてしまったんだ。prev next
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