◎あまいキス
10月31日。ハロウィン。
お決まりの「トリックオアトリート」をやって、あわよくばイタズラしてやろうと思い、本部まで目当ての人間を探しに来たはいいものの。
旋空弧月が建物ごと、対戦相手を両断する。
すでに腕を斬り飛ばされていた相手は、なす術もなく真っ二つにされ、緊急脱出していった。
長身の男はそれを見送り、弧月を肩にのせる。どこか得意げにも見える表情だ。
『風間、ダウン。勝者、太刀川』
音声が流れると、モニターを見ていた全員がおお、と感嘆の言葉を口にした。
「すげーな太刀川さん。風間さんをあんなあっさり……」
「けど風間さんもすごいよ。さっきのスコーピオン、見た?」
ざわざわと、隊員たちが今の戦いを彼らなりに分析する。
俺はまだにぎやかなそこをそっと離れ、外の自販機へと向かった。
本部に来たのはいいが、探し人の太刀川は、風間さんと絶賛模擬戦中だった。
風間さんが模擬戦に乗ってくれるというのはかなり珍しいことなので、太刀川は絶対30戦やるつもりだろう。さっき見たのは12戦目だから、まだ時間はかかるはずだ。
「失敗したなあ……」
小銭を入れ、おしるこのボタンを押す。
出てきた缶を取ってから壁に寄りかかって、ぬくい缶で手をあたためた。
太刀川と俺は、いわゆる幼馴染だ。
昔から彼を見てきて、ボーダーに入ろうと思ったのも太刀川がきっかけだった。入った時期が同じでも、実力は遠く離れてしまったが。
ここ最近、あまり話す機会もなく、たまには一緒に遊ぼうと思っていたのだが、何ともタイミングが悪い。まさか模擬戦中だとは。
彼の楽しみを邪魔するつもりもないし、ただからかって遊ぶためだけに模擬戦を中断させるのも悪い。
仕方がないし、ランク戦でもして帰ろうかな。
そんなことを思いながら、すこしぬるくなった缶のプルタブを引き上げたところで、自販機横の扉が開いた。
誰だろうかと少し身を乗り出し、目を見開く。
「太刀川?」
「あれ、みょうじ? 何してんだお前、こんなとこで」
俺の思考の中心だった太刀川が、きょとんとした顔で俺を見ていた。いつの間にか換装は解いていて、普段着になっている。
驚きつつも、あやふやな答えを返した。
「や、別に……てかそれより、模擬戦は? 風間さんとやってたじゃん」
「忍田さんにレポートやってないのバレてさー。切り上げて逃げて来た」
「またかお前」
思わず半目で見ると、太刀川は全く悪いと思っていなさそうな顔で、「はっはっは」とわざとらしく笑った。この、勉学に対する積極性のなさをどうにかすれば、忍田本部長の胃も少しは軽くなるだろうに。
太刀川は俺の手におしるこがあるのを見つけると、ひょいと奪い取った。いつものことだし、もう何も言わない。
「結局何勝したの?」
「14回やって、8勝。風間さんのモールクローがなー。なかなか読めない」
「つったって勝ってるじゃん」
「まあな。みょうじもやるか? 模擬戦」
「ガンナーとアタッカーで、俺に勝ち目あると思ってんの? つかレポートやれよ」
「レポートってさ、ボーダーの任務でって言うと多少のばしてくれんだろ?」
「…………」prev next