サーヴァント・コンプレックス
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俺の祖母はいわゆるお手伝いさんというやつで、轟家というところに勤めていた。

轟炎司、エンデヴァーの家で、彼の子供3人の面倒を見たり、家事を行ったり、大抵のことは一通り。その家が大きかったのもあって、お手伝いさんは数人いたけど、その中でも祖母はとても信頼されていたようだ。

祖母の体が思うように動かなくなってからは、俺が彼女の代わりに轟家で仕事をすることになった。
給料は良いし、何より貧しい家庭環境で諦めていた進学も援助してもらえた。こういうドラマがありそうだよな、なんて考えながらも、特に何の問題もなく働いていたのだ。

そこに変化があったのは、高校1年生になった頃。


「なまえ」
「? はい」

庭で掃き掃除をしていたら、ふと旦那さまに呼ばれ、不思議に思いながらもそこに近づいた。
大きな体に隠れて立っていたのは、この家の末っ子である焦凍くんだった。

彼はどうも特別扱いのようで、ほとんど接したことはなかった。
焦凍くんの兄や、冬美さんとは、たまに遊んだり話したりしていたのだが。

顔の左側に大きな火傷を負っている彼は、そのまま殺してしまいそうな眼で旦那さまを見ていた。

「最高傑作の焦凍だ。会うのは初めてだろう?」
「はい」
「お前の個性はザコだが、焦凍の相手を務めるにはちょうどいい。今日から戦闘訓練にはお前も参加しろ、なまえ」
「……はい」

ザコとあっさり言われてしまったのは若干傷ついたが、「最高傑作」とまで称される子供と、その元となった父親だ。それに比べれば確かにザコだろう。

私有地だから個性の使用については問題がないとはいえ、おれよりいくつも年下の子供と戦闘だとか、一体何を考えているんだ。
その時はそう思ったのを覚えている。

結果から言えば、俺のボロ負けだった。
なぜか炎を使うことはなかったものの、極低温にあてられつづけ、人生初の凍傷を負った。
旦那さまは俺に目もくれず、焦凍くんをべた褒め(と、言っていいのかわからない物言いだったが、怒ってはいなかった)して、満足げに訓練室を去っていった。残されたのは、足を凍らされた俺と、憎々し気に旦那さまが去った後を睨みつける焦凍くん。

初めて轟家の確執のようなものに触れたのは、この時だった。

氷がどうにも融けないので、手近にあったダンベルで氷を砕こうと苦心していたら、焦凍くんの左手が氷に触れた。
とたんに蒸気をたちのぼらせて、あれだけ硬かった氷が融けていく。ズボンは濡れたものの、自由になった足をぶらぶらと動かす。

「すみませんでした」
「え?」

突然、焦凍くんがそんなことを言う。思わずきょとんとすると、彼は無表情のまま、俺に向かって頭を下げた。

「攻撃して、すみませんでした」

あっけにとられてしまったものの、一応は使用人と雇い主(の息子)という間柄だ。
俺は慌てて頭を上げてくれるように頼み、気にしていないことを伝えた。

「戦闘訓練ですから。そんな深刻なケガもしてませんし、気にしないでください」
「……ケガ」
「大丈夫です。ひとまず水を拭いてしまいますから、失礼します」
「、なら、手伝います」

ようやく上がった顔は、泣きそうに歪んでいる。
いやに食い下がる、と不思議に思ったところで、祖母から聞いた話を思い出した。

彼を生んだ母親は、今精神を病んで入院しているらしい。そのきっかけが、焦凍くんに熱湯をかけてしまったからだとか。
体、心にかかわらず、人に傷を負わせることは彼にとってトラウマなのかもしれない。

ここで固辞しても拒絶されていると思うだろうか。まぁ、モップ使えばそんなに手も汚れないだろうし。
あらかたやってもらったら、あとは俺がやればいいか。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

頭の中で算段を整えてからそう尋ねると、焦凍くんはほっとしたようにこっくりとうなずいた。確か、今6歳だっけ。お手伝いに興味のある年頃なのかもしれない。
いつも使っているモップが大きすぎて、結局うまく拭けず、バケツをひっくり返して手間が増えたのは言うまでもない。

しかし、この一件で、俺は焦凍くんに懐かれたらしい。
今までの家事に加えて、焦凍くんの戦闘訓練。顔を合わせる機会はぐんと増え、学校で出た課題がわからないと、冬美さんではなく俺の元に聞きに来るほどになった。
むろん、悪い気はしなかったが、そのたびに抱く疑問もあった。

弟のような存在、その認識が崩れたのは、大学を卒業した日のこと。

当時俺には付き合っている彼女がいたのだが、就職に伴い、県外に引っ越すと言う。

卒業後は本格的に轟家で働くことが決まっていた俺は彼女に別れを告げて、轟家の離れ(別名使用人部屋)の自室でしくしくと泣いていた。

すう、とふすまが開いて、誰かが入ってくる。
俺は慌てて顔をぬぐって、後ろを振り向いた。

「……な、なんだ、焦凍くんか」
「ああ。……」
「ど、どうかした?」

なるべくいつも通りを心がけて、白々しくもそんなことを尋ねる。
泣いていたのが丸出しの顔なのに。案の定焦凍くんは不審そうにして、俺の近くへと腰を下ろした。

「泣いてただろ」
「泣いてない」
「嘘だ、泣いてた。外に聞こえてた」
「じゃあ最初から聞くなよ……そして見て見ぬふりしてよ……」

顔を手で覆って、ごろりと畳に寝転がる。
それに倣うように、焦凍くんも俺の前に転がった。指の間から顔をうかがうと、じっと真顔でこちらを見つめてきている。初めて会ったときよりもずいぶん大きくなったが、もともと大人びていたのか、顔の印象はさほど変わらない。

片手で彼の丸っこい頭を撫でて、ため息をついた。

「ちょっとね。彼女と別れちゃっただけ」
「……かのじょ?」
「んー。高校の時だったから、だいぶ長かったんだけどな。向こうが引っ越すらしくて」

遠距離恋愛をすることも考えたが、あの子は器量もいいし頭もいいから、これから先俺よりいい出会いもあるだろうと諦めた。
しかし、理由を話したというのに、焦凍くんの機嫌はなぜか急降下した。
むっすりと口を引き結んで、眉間にしわをよせている。

「焦凍くん?」
「嫌だ」
「ん?」
「なまえがほかのヤツのところに行くの、嫌だ」
「う、うん? 俺はまだここで働くけど?」
「違う」

焦凍くんはもそもそ俺に近づくと、ぎゅっと抱き着いてきた。
抱き着かれるのも最初は驚いたが、今はもう慣れた。とんとんと背中を叩いてやると、ああやっぱり大きくなったんだと実感する。

「なまえは、俺のこと嫌いか?」
「や、そんなことはないけど」
「じゃあ好きか?」
「うん、まぁ」

そう答えると、焦凍くんは少しだけ口を曲げて笑う。
幼いその笑みになんとも言えない凄みと言おうか、色気のようなものを感じて、俺は思わず身を引きかけた。

しかし彼はぴったりとくっついて離れない。

「なら、なまえは俺のだ」
「焦凍く、」
「ずっと、俺だけのなまえでいろ」

縋ってくる焦凍くんのごつごつした手に、何も言えず自分の手を重ねる。

彼が欲しいのはいったいなんだろう。俺か、それとも決して離れない他人か。
俺を通して、ここにいない誰かを見ているのか。
そんな問いを、もう何年も続けていた。

寂しがりやのこの少年は、俺を何と思っているのだろう。

膨れ上がったその問いを腹の底に押し込めて、俺は黙って彼を抱きしめていた。


刹那様

企画へのご参加ありがとうございます!
嫉妬するお話……になっているでしょうか……。幼少期の轟くん夢……だといいな!
お世話係が自分の所有物だと思って疑わない的なのが書きたかったんです。
ご期待に添えていたら幸いです!
ありがとうございました!

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