小説家と加古
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(小説家と俺の番外編)
これの加古さん視点)


その日は、本当に自分のタイミングの悪さに呆れていた。

ポーチを教室に忘れて、慌てて教室に戻れば、そこでは真っ最中の学生たち。もしも忘れものさえしていなければお盛んなこと、と鼻で笑っただろうが、ポーチの中には携帯が入っているからそうも言っていられない。

仕方なく、少し時間をおいてから取りにこようと、その場を後にした直後だった。

「俺も名前だけは知ってた。初めまして」

みょうじなまえ。太刀川くんが「面白い」と言っていた人、その人と出会った(あとついでに二宮くん)。

ぱっと見た様子では、可もなく不可もなくと言ったところ。
手足が長くて、すらりとした体型をしているものの、服や髪は適当、おまけに眼鏡もやや野暮ったい。これのどこがおもしろいのかと、不思議に思うくらいだった。

ところが、その認識はすぐにひっくり返される。

二人とともにもう一度あの教室へ向かうと、やはり彼らは夢中になっていた。二宮くんも顔をしかめ、教務課へ連絡しようとしていた中、みょうじくんは違った。
顔色一つ変えず、平然とドアを開けて、教室の中に入っていったのである。

周囲の全員が固まる中、一番後ろの席へ向かって何かを取り上げ、ポケットに入れる。展開についていけず固まっていると、少しこちらに近づいてから私を呼んだ。

「加古」
「な、なに?」
「さっき、どこにポーチ忘れたんだ?」
「え? ああ、えっと、真ん中の、前から3列目の端よ」
「そうか」

普通に答えてしまう私もどうなのかと思うけれど、みょうじくんは言った通りの席に向かい、私のポーチを取って戻ってくると、私に手渡した。

その後、掴みかかってくる男にもさらりと言い返し、何事もなかったかのように教室を後にした。

そこからはもう、沸き上がる興味が抑えきれなかった。

太刀川くんが面白いと言っていた理由や、二宮くんが珍しくつるんでいる理由、いつもパソコンにかじりついている秘密など、みょうじくんのことが知りたくてたまらない。

だけど、授業がほぼ重なっていないこともあって、話す機会はなかなか訪れない。
ボーダーでもシフトが合わないのか顔を見ることは少ないし、大学で出会っても、二宮くんや太刀川くん、場合によってはパソコンに全集中してしまって、二人だけでゆっくり話す機会がない。

そこで、私はとある約束を履行することにした。


そう決めた次の日は、いつもより少し早めに大学へ向かった。

普段は立ち入らない教室へ行き、たまたま会った友人と軽く挨拶を交わしながら目当ての人物を探す。代返かと聞かれたが、今日の用事は違う。

ほどなくして、一番後ろの席で一人俯いてパソコンをいじっている姿が目に入った。

その傍に歩み寄り、机を指でとんとんと叩く。
それまでパソコンにしか向いていなかった目が、私の方を見る。

「加古。おはよう」
「おはよう。ねえみょうじくん、明日は暇?」
「本屋行こうと思ってる」
「そう。じゃあその前に、私とデートしましょ」
「わかった。……ん?」

無表情だけど、私の言葉に少し驚いているように見えなくもない。それを愉快に思いながら、みょうじくんの隣に座った。

「ほら、前に言ったじゃない。今度食事でも行こうって」
「あー、そういえば。本気だったのか」
「もちろん本気よ。思い出してくれて嬉しいわ。一日付き合ってくれたらもっと嬉しいけど?」

言いつつ、下から覗き込む。
断られるのは覚悟していたが、意外にも本屋に行っていいならとOKをもらった。待ち合わせ場所と時間を伝え、また明日とあいさつをして教室を出ていく。

その間際、目を見開いて私とみょうじくんとを交互に見ていた友人が見えた。


翌日、朝11時。駅のロータリーで待ち合わせ。

時間通りにその場所へ行くと、みょうじくんはまだ来ていなかった。
特に連絡もなかったが、ひとまずしばらくは待つことにした。

5分ほど過ぎて、紙袋を手に持った彼が現れた。

「ごめん、遅れた」
「おはよう。いいわよ、許してあげる。何してたの?」
「本屋。早く着きすぎてつい」

紙袋の中を覗くと、文庫本が6冊ほど入っている。読書も好きなようだ。

「じゃあ行きましょ。でもお昼にはちょっと早いから、先にどこかで遊びましょうか。何かしたいことある?」
「俺に任せると本屋巡りになるぞ」
「巡るほどこの辺に本屋ってあるの?」
「大通りから外れると、そこそこ」
「へえ。なら本屋巡りでいいわ、今日はみょうじくんへのお礼なんだもの」

そう言うと、少しだけみょうじくんの表情が和らいだ気がした。
本屋は嫌いではないし、昼までならそれほど時間もかからないだろう。

さりげなく腕を絡ませてみたが、大して気にもしていない様子。それじゃあ行くかなんて、心は既に行き先の本屋にあるようだ。

最初に向かったのは、通りからそこそこ離れてもいない小さな書店。

話題の本が陳列されている棚から数冊取り上げ、あらすじや帯に目を通して、10分もかからず購入し退店した。

「加古はいいのか?」
「私、あんまり本は読まないのよ」
「そうか」
「ここはもういいの?」
「ああ」

先ほどの紙袋に購入した本を詰めて、再び歩き出した。

次は少し細い道に入って、靜かな道に出たところにある古本屋。
足を踏み入れると、ふわんと古書の匂いがした。

「……随分古い本ばっかりね?」
「レポートの資料とかで便利だぞ。安いし」

みょうじくんは棚から無造作に一冊取り出し、裏を私に見せた。
手書きの文字で100円と書かれている。確かにこれは安い。少し古いものの、今の論文と比較する時なんかに使えそうだ。

みょうじくんはここでも何冊かを購入し、私も資料用に二冊購入した。

「次で最後かな」
「あら。もういいの?」
「あんまりおもしろくないだろ」

彼がそんなことを言うので、そんなことないわよと笑った。本当だ。

確かに会話は少ないけれど、本を選んでいる横顔やその動作を見ているのは飽きないし、こちらが飽きないようにとできるだけ早く済ませているのはわかる。

むしろ、本屋に行くたび顔が少し輝くのが面白い。

最後にたどり着いたのは、雑貨と書籍を扱っている店だった。
文房具やノート、手帳カバーやしおりなどはすべて手作りで、可愛らしいデザインのものばかり。
思わず感嘆の息を吐いた。

「素敵ね。こんなお店があるなんて知らなかったわ」
「ん? ……あ、ここ文房具扱ってたのか」
「本があるところしか見てなかったのね」
「まあ」
「ねえ、このボールペン2本セットなんだって。1本ずつ持たない?」
「俺あんまりボールペン使わないし、加古が2本とも使ったらどうだ?」
「思い出よ、思い出。あと私の隊の子と、そうだ、木虎ちゃんにも買おうかしら」

小さなカゴの中にボールペンやしおりを入れていく。
みょうじくんはここでも何冊かの本を手にしていた。一日でいったい何冊買うのだろう。会計を済ませて、今度は今日の目的である食事に行くことにした。

大通りに戻り、目当ての店に入る。
少し混んでいたが、待たずに座ることができた。

靜かなざわめきが場を満たす店内で、みょうじくんはさっそく紙袋の中から本を取り出す。大体の本はタイトルからして眠気を誘うが、その中の一冊だけが目を引いた。

最後の店で買ったものだ。

「これだけ、他のとカラーが違うわね?」
「ああ。これは加古に」
「私に?」

唐突に、薄い文庫が目の前に差し出される。
手に取って見てみるが、普段本を読まないので作家などわかるはずもない。あらすじを読んでみると、ファンタジー系の小説のようだ。

「それなら読みやすいと思うし。付き合わせたお詫びだ」
「あら、いいのに。でも嬉しいわ、ありがとう」

表紙は水彩画のようにふわふわとした色彩で、この絵はどこかで見たことがある気がする。
話もなかなか面白そうで、読むのが今から楽しみだ。

欠陥人間、だなんて二宮くんは言っていたけれど、気を遣ってくれるし、こうして食事にも付き合ってくれるし、別にそこまで変わっているとは思わない。

時折こちらを見る、観察めいた視線に気が付いてはいたけれど。

「今日、見てて思ったけど。みょうじくんは、見てると面白いタイプの人よね」
「そうか?」
「ええ、少なくとも私にとっては。ずっと見ていたいくらい」
「俺も加古のこと面白いと思うぞ」
「ふふ。同じこと考えてたんだ」

みょうじくんの表情は変わらない。

しかし、取り出していた本たちを紙袋にしまっている手元を見ていたら一瞬だけ視線がかち合って、ふと笑ってくれた。

私も同じく笑い返し、みょうじくんのくれた文庫本をそっと指でなぞる。

休日が明けた月曜日、大学で私とみょうじくんが付き合っているのではという噂が流れたことさえ、面白く感じていた。


貴崎様

リクエストありがとうございました! 加古夢……というより加古さんと小説家が友達になった経緯でした!

頻繁に遊んだりはしないけど、お互いがお互いを面白く見てるという感じの距離感だと思います!
お楽しみいただけたら幸いです!

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