いつか離れるその日まで
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ばきっと、あまり聞きたくない生々しい音がして、後を追うように頬に痛みが訪れた。
痛いというよりもはや熱いそこを自分の手で撫でて、手負いの獣のように荒い息を吐く爆豪に目を移した。

「痛いんだけど、爆豪くん?」
「うるせぇ、気持ち悪ぃ呼び方すんじゃねえカス!!」

爆豪はそう怒鳴ると、今度は肩に拳を見舞ってきた。
うめき声を上げそうになったが、どうにかこらえて代わりにため息をひとつ吐く。

雄英に入学してからというもの、連絡の一つもよこさずにいたかと思えば。唐突に「そっちに行く」というメメッセージを送ってきて、来るなりこれだ。

まず言っておくと、俺は別に悪いことはしていない。
爆豪に対して悪口を言ったわけでも害を為したわけでもなし、彼の前に座っているだけだ。それを機嫌最悪の爆豪が攻撃してきているというだけ。

更に言えば、機嫌が最悪なのも俺のせいじゃない。
爆豪と俺の幼馴染、緑谷出久のせい(と言ったら、緑谷がかわいそうかもしれないが)である。

「この、死ね!! クソザコが!!」
「うるさいから、怒鳴るのやめろよ」

再び爆豪の拳がこめかみを打つ。顔をゆがませず、体も揺らさず、何でもない風を装うのはなかなか大変なのだが、そんなことを彼が知る由もない。

俺は二人の幼馴染だが、小学校は私立だし、そこから中学高校とずっとエスカレーターなので、学校での二人を知らない。
彼らの通う名門・雄英で何がしかの出来事があったのは確からしいが、その詳細を爆豪が口にするはずもなく、緑谷もあれで鈍感だから、きちんと事態をとらえているとは考えにくい。多分、緑谷が何か気に障ることをしたのだろうとあたりはつけているが。

結局真実は闇の中で、俺はわけもわからないまま、爆豪のサンドバッグになっている。

個性によって物理ダメージが8割ほど軽減できるといえど、爆豪のパンチだ。
残りの2割でも痛いのには変わりない。

「クソ、クソが、クソッ!!」

何かもどかしい思いを払いのけるかのように、爆豪の拳が幾度も俺を打つ。蓄積されてきた痛みがふいに出戻り、小さく呻いてしまった。

途端に、爆豪の動きが止まる。先ほどまで鋭くつりあがっていた目じりがやや緩くなり、彼がまとう雰囲気にも少しの変化が訪れる。
口に出したら殺されるから決して言わないが、怯えている雰囲気だ。

「どうかした?」
「……なんでもねぇよ」
「そ? で、もういいわけ?」
「……」

爆豪が拳を下ろした。俺は鉄くさい唾を呑み込んで、再び大きく息を吐いた。

切れてしまった口の端を舐めると、傷が癒えていく。口の中もぐるりと舌を回して、細かい切り傷をすべて治した。このアホみたいな治癒能力と防御性能が俺の個性である。
それ故にこいつのサンドバッグになったという経緯があるのだが、まぁどうでもいい。

俯いた爆豪に近づいて、意外とがっちりした体を抱きしめる。それでごちゃごちゃと言われる前に、ベッドに爆豪もろとも倒れ込んだ。

「オイ何してんだみょうじテメェ! 離せコラぶっ殺すぞ!!」
「はいはい黙って殴られてやったんだから、少しくらいはいいだろ」
「ざけんじゃねぇ! 腕爆破すんぞ、離せオイ、みょうじ!!」
「ふわぁ」

ぎゃんぎゃん騒ぐ爆豪は無視して、わざとらしくあくびをする。
騒ぐ割には本気で出ていこうとしないのを確認しつつ、そっと目を閉じて寝息を立てた。

しばらくはずっと騒いでいたが、俺が個性を使った後に休養を必要とするのを思い出したのか、やがて静かになった。むろん俺は眠くもないし(さすがに切り傷程度の治癒じゃそこまで疲れない)、疲れたわけではない。

俺が寝ているのを確認すると、爆豪はそっと俺の胸あたりに顔を埋めた。じわりじわりと水が染みてくる。人の服をかみしめて、声を出さないで。この狸寝入りが、弱みを見せたがらないお前のためだと聞いたらどんな顔をすることだろう。

爆豪は狡い。
自分は平気で人を傷つけるくせ、自分が傷つけられると途端に脆くなる。俺を殴るくせ、俺が痛がるそぶりを見せると怖がる。自分は好き勝手にあちこち行くくせ、俺がどこかに行くのは許さない。

大声で怒鳴って殴って怒って、それが尽きたら静かに泣いて、何事もなかったかのような顔で帰っていく。それに慣れるくらいには回数を重ねていたし、俺は爆豪に対して情があった。


いつの間にか本当に眠っていたらしく、周囲が暗くなっていた。

爆豪はいまだに俺の腕の中で、同じく安らかな寝息を立てていた。俺の腰に回っていた腕をそっと外させて、うつ伏せになるように寝かせる。
顔が見えないようにという配慮である。

ベッドから降りて、今度はわざとではない大あくびをすると、背後からもぞもぞと衣擦れの音がした。肩越しに振り返ると、真っ赤な瞳が眠たげにしながら俺を見ている。
どうやら、ベッドから降りたときに起こしたようだ。

「ごめん、起こした? なんか食うだろ、作ってくる」
「……みょうじ」
「何だよ。自分が作ったほうがうまいとか言うなよ」

立ち上がろうと腰を浮かせた時、するりと爆豪の腕が腰に回った。
ぐ、と力がこめられ、再びベッドに座る。俺の背中に顔をくっつけているから、表情はうかがえない。

「……」
「……」
「……爆豪くん、動けないんだけど」
「気持ち悪ぃ呼び方すんな。動いたら殺す」
「銀行強盗かよ」

呆れながら両手を上にあげる。さながら人質に取られたかのようである。
犯人役がヒーロー志望というのが何とも言えないが。

しばらくホールドされた状態で動かずにいると、わずかに爆豪の腕の力が緩んだ。しかし、ここではまだ抜け出してはいけない。経験則。

殴っても容易に壊れない、暴言を吐いても受け流せる、その他大概のことを受容できる。
この三点をクリアしたからこそ、今俺はこうして爆豪に縋りつかれている。悪い気はしないし、あの爆豪が少しは肩の力が抜ける存在であるというのはなかなか自尊心を満足させてくれるが、少しでも対処を誤ると再び殴打が来る。

俺はよくても爆豪が休まらないから、それは悪手だ。

「……おい」
「なに?」
「……」

ぽそりと、彼が何かを呟いた。しかし爆豪の顔が俺の背中に密着していたことと、家の電話が鳴らされたことで、そのつぶやきはかき消されてしまった。

「ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
「一回で聞き取れや、クソみょうじ。……別にいい、出てこい」

腕は巻き付かれたときと同じようにするりと解け、俺は自由の身になった。
気になるには気になるが、電話も気になるのでそちらを確認することにした。

自室から出て、けたたましい電子音を響かせる子機を手に取る。しかしながら、電話の相手はただのセールスマンで、うちはいりませんとすげなく返して通話を切った。
爆豪を放ってまで出るような内容ではなかったようだ。

子機を元に戻し、再び部屋に戻る。体を起こしていたはずの爆豪はまたベッドの中に体を滑り込ませていた。

「爆豪? 寝んの?」

声をかけながら近寄ると、まだぱっちりと開いている目が俺を見返してくる。
そして、布団の中で少し温まった手のひらが俺を掴み、ベッドの中に引きずりこんだ。

「ぶ」
「寝る。6時になったら起こせ」
「って、もう1時間もないけど?」
「うるせえ」
「はいはい、おやすみ」
「みょうじ」
「何?」

爆豪の隣に落ち着き、いやがらせに子守歌でも歌ってやろうかと構える俺に、薄く目を開いた彼がまた、先ほどの言葉を口にした。

「テメーは、俺から、離れんな」

「……分かってるよ。おやすみ」

離れていくのはお前だろ。

その一言を呑み込んで、俺はそう返す。
爆豪の目を覆い隠すように自分の手のひらをかぶせる。その上からそっと唇を落として、俺も再び瞼を下ろした。


匿名様

リクエストありがとうございました! 爆豪夢でした。
暴言だけでなく暴力みたいな要素も入ってしまったのですが、かっちゃんだったら多分手出るだろうなと……思いました……。
お楽しみいただければ幸いです!

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