彼の中で死んだひと
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これの続き)
(人を殺す描写あり)


ようやく見つけたというべきか、見つけてしまったというべきか。

かつてこちらにいた時とは別人のように厳しくなった顔を見つめたまま、俺は動けないでいた。


いなくなったみょうじにもう一度会いたいとか、そんな思いは既になかった。

自分で道を選び、誰にも口を挟ませず、誰かに迷惑をかけることもなく。
潔く消えたあいつにどう声をかけようと無駄だと思ったし、近界民であるとわかった以上、前と同じ感情はもう持てなかった。

ふさがることのない穴を埋めようと、がむしゃらに任務をこなし訓練を重ね近界民を殺し、結果三輪隊は遠征のメンバーに選抜された。
感慨は、特になかった。

どこへ行こうと、近界民を殺すだけ。
近界民を撃つ度斬る度にみょうじの顔が浮かんでも、俺には関係のないことだった。

関係のないことだったのに。


「…………」

喉がひくりと動く。俺のものではなく、目の前に立つみょうじのものでもない。彼の足に踏みつけられ、息も絶え絶えになっている男の喉だ。

あちこちに血と死体が散らばり、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんな陳腐な表現を不快だとでも言うように、みょうじは躊躇なく男の首を切り裂いた。溢れるものはトリオンではなく、今まで男の体をめぐっていただろう血液。

後ろにいた陽介が「ぐっ」と腹を押されたような声をあげる。

応援を呼ばなければ。あいつは黒トリガー。二人で太刀打ちできる相手ではない。撤退か、あわよくば倒してトリガーを奪って。

ボーダーとしての正しい行動の選択肢はいくらでも頭に浮かぶのに、どうしてか体は動かないままだった。みょうじは大きな刃を振って血を払うと、おもむろに俺たちとは逆方向へ足を進めようとした。

黒い門に消える光景が脳裏によみがえる。衝動的に彼の名前を呼んだ。

「みょうじ!」

こちらに背を向けていた体が、ぴたと足を止めた。

「秀次……?」

陽介が不可解だとでも言うように俺の名前を呼ぶ。
みょうじの名前を口にするのはあれ以来だからか、それとも近界民を殺さない俺をいぶかしんでいるのか。

彼はこちらを振り向かない。
だからもう一度名前を呼んで、一歩踏み出した。

「来るな」

その一言だけがもたらされた。

それだけで、足は縫い付けられたように動かない。
同じく寄ろうとしていたらしい陽介も、片足を少し上げた半端な姿勢で固まっていた。

目の前には、血の海に沈む男と女の死体。返り血を浴びたみょうじの姿を見れば、誰がそうしたかなんて一目瞭然だった。
この赤い水を踏んで、あの真っ赤な男に駆け寄ろうとしていた?

みょうじは面倒くさそうにこちらを振り向く。
かつての優しい面差しは消え、自分の手を煩わせないでくれとでも言いたげな顔をしていた。

「残念だけど、もうトリオンがないんだ。一発で殺せる自信がない。苦しみたいなら別だけど」
「なにを、」
「明日また街へ行くから、戦うならその時に」

舌がもつれて、言葉が出ない。みょうじは再び踵を返すと、また歩き出した。
俺の後ろで固まっていたはずの陽介が、弧月を構えて冬芽へと特攻する。首を狙うと見せかけ、足を狙う動き。
みょうじがいなくなってからの戦い方。

だが、彼は少しも動揺を見せず、振り向きざまに振り上げた三日月形の刃で弧月を受け止め、思い切り振った。
戦いのせいか、半分が崩れた建築物に飛ばされた陽介の体が激突する。

「陽介!!」

『、無事だ無事、よそ見すんなよ!』

その言葉が届くか届かないかの間に、距離を詰めたみょうじが俺にトリガーを振りかぶった。

シールドも間に合わず、とっさに弧月でガードする。高い音を立ててトリガー同士がぶつかり合い、俺の弧月はぶつかったところから真っ二つに折れた。

「……!?」
「ああ、やっぱりトリオンがない。お前ごと切り裂くつもりだったのに」

冷たい声だった。

寄ってきた相手に何度もそうしてきたように、みょうじの腹を蹴ってその反動で後ろに跳ぶ。陽介も復帰し、2対1で向かい合った。

かなりの勢いで蹴ったというのに、向こうは一歩後ろに下がっただけで、あとは無感動にこちらを見ている。
誰だ、こいつは。俺の知っているみょうじは、こんな。

「……ずいぶん乱暴じゃねーか、昔のトモダチとコイビトに」

いかにも自分の中に残っていた平静をかき集めました、という陽介の声を、彼は鼻で笑った。

「そんなの、いたことないなあ」
「本気で言ってんのかよ、みょうじ?」
「俺は『みょうじ』なんて名前じゃない」

近界民はそう言うと、トリガーをしまう。

ぶらんと手を垂らし、隙だらけのようにも見える。だがその実、どこからでも対応できるように気を張っているのがわかった。

「みょうじじゃねえって……だったらお前誰なわけ?」
「知らない。いらない。俺はただこの国の人間を殺すだけだ、雇われたから」
「殺してどーすんの?」
「俺を雇った国に行って、次はその国を殺す」

淡々とした声も、ぴくりとも動かない顔も、殺すという言葉の重みも、俺の知るみょうじとはかけ離れていた。俺のことも忘れたのか、さっきは本気で殺そうとしてきた。だがあのトリガーは、確かにみょうじのもの。

みょうじは、どこに行ってしまったのだろう。

「ここにはじき何もなくなる。何が目的か知らないけど、死にたくないなら消えろ、玄界の兵士」

近界民は吐き捨てて、今度こそ消えた。

会いたかったなんて言葉を聞きたかったわけでもないし、ましてやいなくなってごめんなんていう謝罪を聞きたかったわけでもない。
ただ、生きているのを確認したかっただけ。
生きているのを知ったのだから、目的は果たした。

それなのにどうしてか、空っぽだったはずの胸がさらにえぐられたように痛む。いや、とぼけるのはやめだ。

みょうじが、みょうじでなくなっていたことが。俺のことを全く覚えていないらしいことが、悲しくて仕方なかった。

あいつがいなくなった後に、殺された近界民の手からトリガーだけを回収し、その場を離れる。通信機のようなものと、家族の写真らしきものが懐に入っていた。
レーダーによると周囲にはもう反応がなく、オペレーターから戻ってくるようにと通達が入ったので、陽介と二人で歩き出した。
無言だった。

思考がうまくまとまらず、言葉にならなかったというのが正しいか。

ざくざくと地面を踏みしめる二つ分の足音に、陽介の声が加わった。

「あのさあ、秀次」
「今は、話したくない」
「ごめん、わかってる。でも聞けよ。みょうじさっきさ、」
「聞きたくない!」

「いいから聞け!」

柄にもなく声を荒げた陽介は、固まる俺の背に話し続ける。聞きたくなければ耳をふさげばいいのにと、どこか他人事のように思った。

「みょうじ、おれらのこと『玄界の兵士』って最後言ってただろ」
「……それがどうした」
「ここ近界だぜ。どこの国の所属かなんて、聞かなきゃわかんねーだろ。ましてや玄界なんて、一見してわかるわけねー」
「……」

確かにそうだ。

トリガーを見て、という可能性もあるが、少なくとも今までの遠征の報告には、あいつと交戦したものらしき記録はない。つまり、ボーダーはみょうじと戦ったことがない。
それなのに、トリガーを見て玄界と分かるものだろうか。

俺たちが玄界から来た人間と認識する方法はただ一つ、俺たちの顔を知っていること。

「そんでもう一つ。……つってもこれはまぁ、希望的観測?ってやつかもしんねーけど」

「なんだ」
「おれが突っ込んだ時、みょうじがこっち振り向いただろ」

攻撃のためにだが、確かに振り向いていた。

「あの時さ、みょうじが泣きそうだった気がするんだ」

気のせいだったかもしれないけど、と念を押すように、重ねて陽介が言う。

それは確かに、希望的観測にすぎるかもしれない。泣きそうな顔をして攻撃をしてきたなんて、笑い話にもならない。
だけど、もしそれが本当だったとするなら、あいつは、みょうじは。

「けど、なんで知らねーなんて言ったんだろな」

陽介の疑問に答えうるだけの確信は持てず、ただ俺は黙っていた。

陽介と同じく、「希望的観測」をするのなら。
近界民を殺すという目的を果たすために、みょうじは近界へと戻ってきた。雇われていると言っていた口ぶりからして、こちらに来て相当な人数を殺したのだろう。当然、近界民たちからの警戒度も上がるし、恨まれてもいるはずだ。

そんなみょうじと親しいと知られたら、殺された近界民が懐に入れていた通信機から国に伝わったら。
遠征艇も俺たちも、ただではすまないかもしれない。

それを、あいつも考えたのか。

「……バカだ。あいつは」

俺がもしも近界民を憎まないでいられたら、みょうじはずっと俺の隣にいてくれただろうか。

意味もなければ望みもない問いかけを自分に投げかけたが、当たり前に答えは出なかった。
俺のつぶやきに「そうだな」と、陽介が寂しそうに応じた。


獅樹様

リクエストありがとうございました! 三輪夢でした。
ハッピーエンド好きですが、この二人はどうあがいてもハッピーエンドになる気がしません……。もし出会っても、前のようには戻れないんじゃないかなと思います。
お楽しみいただければ幸いです!


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