第二の仮説
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二宮匡貴とみょうじなまえは仲が悪い。

それがボーダーでは暗黙の了解で、だからこそ二人だけにはさせないようにと周囲が気を遣っていた。二人だけにしたら最後、天変地異が起こる、とまではいわないが、凄絶な喧嘩が起きるのは目に見えている。

曰く同族嫌悪だとか、みょうじの嫉妬だとか、二宮が恥をかかされたとか、様々な仮説が日々新たに打ち立てられては消えていくのだが、いまだにこれぞというものはない。
直接二人に聞いてみたという高校1年生のスナイパーで飛行帽をかぶった勇者がいるのだが、明確な答えは得られなかったという。

離しておけば問題はないし、そもそも大学生と高校生でそこそこ時間もずれている。
相性の合わない人間はいるからと、仲直りをさせようとする隊員も徐々に減っていった。

だがしかし、全員心の奥底には、なぜそこまで関係がこじれてしまったのかという疑問が深く根差したままだった。


「チッ」
「ぁあ?」

なぜ自分はこの日にシフトを入れてしまったのだろうかと、笹森はただただ自分を責めた。

任務の開始時間になって現地へ向かったら、そこにいたのはみょうじだった。二宮が絡まなければ気のいい先輩である彼に向け、いつも通り頭を下げた。

「みょうじ先輩、お疲れ様です!」
「お、日佐人。お疲れ、今日よろしくな」
「はい!」

今日はB級の混成部隊、笹森とみょうじのほかに一人二人が来る。しばらくみょうじと雑談をしながら残りを待っていると、軽やかな音を立てながら二人のいる場所に誰かが立った。
時間よりだいぶ早い集合になったなと、音の方向に顔を向け、笹森は固まる。

不機嫌さを隠そうともしない眉間のしわに、遠慮のかけらもない舌打ち。隣で辻が小さくなっているのが哀れを誘う。

だがそれを受けて、今まで笑顔でおすすめの漫画の話をしていたみょうじが、諏訪がさらに柄悪くなったような顔と地を這うような声で答えた。
トリオン体にはないはずの心臓がぎゅうと小さくなった気がして、笹森は辻と同じように身を小さくした。

「んっだよシューターかよ……。コアラとか奥寺なら全員弧月なのに空気読めよ」
「誰だこの連携もできない、戦術さえろくろく理解していないイノシシは」
「わー人がイノシシに見えるとか目やばいっすね。アンパ●マンみたいに新しいのつけたらどうです? 頭ごと」
「皮肉もわからないお前こそ、頭を取り換えたらどうだ。その性格も多少はマシになんだろ」
「性格のこととかマジ二宮さんに言われたくないっすわ」

諏訪さん、堤さん、助けてと笹森は心で強く願った。
願ったところで届くはずもないのだが、代わるように二宮の後ろに控えていた辻がこそこそと笹森へ寄ってくる。

絶対零度の空気を壊さないようにか怯えてか、声を潜めて辻は笹森に話しかける。

「やっぱり同族嫌悪説かな」
「二人の仲悪い理由ですね。でももう一個の説も気になるんですよね……」
「そういえば……今日、チームがみょうじ先輩だって知った途端にイライラっていうか、そわそわしだして……」
「そうなんですか……。こっちは普通でしたけど、随分早く来てたみたいで」
「そもそもが集合時間からだいぶ早いよね、今」
「じゃあやっぱり」

「おい辻」

二人の会話を妨げたのは、怒りを抑えるような低い声だった。

体をこわばらせた辻と笹森がおそるおそる振り返ると、ひきつった笑顔で青筋を浮かべるみょうじがいる。二宮はポケットに手を突っ込んだまま、あらぬ方向を見ていた。その右足がかつ、かつ、と速いリズムで地面を叩いているのが二人を焦らせる。
一触即発の雰囲気だ。

「俺は日佐人と南側からパトロールしてくから、辻はそこの戦術戦術言うわりには初期は戦術ガン無視だったショウガ野郎と一緒に回ってくれるか?」
「辻了解です」

「笹森、そこの入隊初期はオプショントリガーの存在も使い方も知らないまま死にまくっていた抹茶男を調子に乗らせるな」
「は、はい!」

進化した悪口に反応をするべきか迷ったが、それよりも早くみょうじと二宮が歩き出したため、笹森と辻は慌てて駆け出す。
そっとアイコンタクトを交わして、お互いの無事を祈った。


任務を開始して数十分、幸いなことに近界民はあまり出現せず、機嫌もやや直ったらしいみょうじと、再び漫画の話で盛り上がりながら歩く。
このまま帰りに二宮と会わなければ、平和なまま終わるのだが。

笹森のささやかな願いを知ってか知らずか、みょうじは「そういえばさ」と話を変える。

「なんですか?」
「日佐人って、辻と仲良いよな?」
「はい、それなりに……。どうかしたんですか?」
「や……さすがに、隊員の目の前で隊長ディスったのは悪かったと思って。直接謝ったらまたあいつとこじれるし、謝ってたって日佐人のほうから伝えといてくんない?」

意外なことに、話を蒸し返してきたのはみょうじのほうだった。
一瞬笹森は固まったが、すぐにわかりましたと答えを返す。それに安心したのか、顔を緩める彼に、ふと笹森も思い出す。

「あの、意外だったんですけど」
「何が?」
「二宮さんの最初の頃とか、好物とか知ってたんですね」
「え」
「ほら、さっきの」

戦術戦術言うわりに、という悪口と、ショウガ野郎という悪口かどうかもわからない呼称。ショウガというのはたぶん、ジンジャーエールからとったのだろう。

自分から蒸し返すなら大丈夫だろうと踏んで振った話題だったが、どうやら正解だったらしい。あーうん、とみょうじは頭をかき回した。

「最初そこまででもなかったんだけど……なんかだんだん」
「だんだん……仲悪くなったってことですか?」
「や、仲悪いっていうか、えーと……うーん……」

歯切れ悪く、なかなか本題に入らない先輩を珍しいと思いながら、笹森はまた、思い出したことを口にする。

「二宮さんも、みょうじ先輩のこととか、好物とか知ってましたよね」

「は」
「おれ先輩って抹茶苦手だと思ってたんですけど、抹茶野郎って言われるくらい好きなんですか?」
「、あ、え、と」

抹茶味のお菓子が苦手なんだとか、抹茶自体は好きだとか、しどろもどろでその説明をするみょうじに、笹森は小さく、とある確信を抱いた。

だが、それを口にするのはさすがにはばかられて、自分でも生暖かいとわかる目で彼を見つめた。向こうはそれどころではないのか、こちらの視線に気づかない。

もしもみょうじが機械なら、火花を吹いてショートしているところだろうなと笹森は思う。

そして辻にだけ、そっと通信を入れた。

『辻先輩、第二の仮説、正しそうです』
『うん。俺もそんな気はしてた』

おそらく辻の目の前でも同じ光景が今繰り広げられているんだろうなと思ったら、なんとなくおかしかった。

現在、二人の仲たがいについては、二つの仮説がある。

一つは同族嫌悪説。
戦闘スタイルやポジションこそ違うものの、考え方や性格に似通っている点が多く、だからこそイラつくのだろうと。つまりは、生まれつき合わない人間なのだろうということである。
こちらが今のところ、ボーダーの総意であり、メインの考え方だ。

そしてもう一つ。
これは最近ひそかにささやかれている説で、発生源が酔っ払った21歳組の発言というのだから、信憑性も何もない。ただ面白がるためだけに、急速に広まりつつある説がある。

ただ素直になれないだけで、本当は二宮もみょうじも、お互いが好きで好きで仕方ない。
それが空回りして、悪態をついているだけだという、小学生のような恋愛だという説が。


真中様

リクエストありがとうございました! 二宮夢……と言いたいところですが、ほぼほぼ絡んでないですね……すみません……。
顔を合わせれば口喧嘩を始めるのに、ただお互いに好きな子をいじめたいタイプでしたという話でした。
楽しんでいただければ幸いです!

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