ぬいぐるみのひみつ
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(きみが殺したぼくのこころ番外編)

「相澤先生」
「ん」

終礼も終わり、ほぼ全員が帰った静かな教室。
相澤が残った仕事を教卓で片づけていたら、生徒に声をかけられた。

顔を上げると、長い前髪で顔を隠した細長い少年が立っている。受け持ちの中でもあまり問題を起こさない、おとなしい生徒だ。

「なまえか。どうした」
「今日の訓練の時、ヒーローコスチュームにぬいぐるみ着けっぱなしにしてしまって。破けてるんで修繕したいんです、今ってロッカー開けてもらうことできますか?」

ぬいぐるみというのは、彼の個性である「パペット」で操るためのちいさな人形だ。丈夫ではあるが、布でできていることに変わりはないため、メンテナンスが常に必要らしい。

「早く済ませろよ」
「はい。ありがとうございます」

リモコンでコスチュームの入ったロッカーを開けると、なまえはいそいそと自分のコスチュームを取り、席に持って行った。返却するのを見届ける義務があるため、俺もその場に残って仕事を続けることにした。

必要事項を書類に記入しながら、髪の隙間から相澤は彼を伺った。

指緒勘解小路なまえ。
苗字が長すぎるため、生徒や教師はほぼ「なまえ」と呼んでいる。叔父と叔母に育てられており、現在は小学1年生の妹とアパートで二人暮らし。
実の母親は妹を出産後死亡、父親は現在服役中。

なぜいち生徒のことをそんなに知っているかというと、校長から共有されたからだ。

敵・マリオネッター、その息子。何年か前に世間を騒がせた。結果的にオールマイトに敵は捕まり、当時一緒にいた息子も親戚に引き取られ、引っ越した。

しかし、たかがその程度の事情で、別にヒーローになる道が閉ざされるわけではない。雄英に入学することにおいても、筆記・実技ともに問題はなかった。

ただ問題だったのは、それを面白く思わない人間がいること、そして、彼がどんな思いを持って雄英に入学したのかがわからないということだ。

匿名の抗議文もいくつか届き、彼方が何か起こしたら対処するようにと校長にくぎを刺されたのは記憶に新しい。
担任から言わせてもらえば、まったく合理的でないことだと相澤は頭をかいた。

「…………」

真剣な表情で、手のひらに収まるくらいのちいさなぬいぐるみを縫っているなまえ。

長い前髪はさすがに邪魔だったのか、頭頂部にピンでとめている。目に痛い色合いのぬいぐるみを、じっと見つめながら一針一針縫っている。
ふと気まぐれを起こした相澤は、その頭に声をかけてみた。

「おい、なまえ」
「? はい」

声をかけると、年相応の幼い顔がこちらを向く。入学した当初は無理して大人びた顔をしていたようにも思うが、今は少し違う。
緑谷や麗日、飯田とよく一緒にいるから、その影響だろうか。

「それ、なんのぬいぐるみだ?」

相澤はショッキングピンクの地にドドメ色の星がプリントされた布のぬいぐるみを指さした。
布のコンセプトもわからないが、それを使ってなんのぬいぐるみを作ったのかがさっぱりわからない。

「あー、これは……。……なんなんだろう……」
「お前のだろ」
「作ってるのははーちゃん……妹なんですよ。たぶん、馬だと思うんですけど」
「足6本あるのにか?」
「速く走れるんだと思います」
「……そっちの俵みたいなのは」
「これはウサギです。ほら、耳ありますし」
「なんで4つあるんだ」
「……多い方が強そうに見えるんですよ」

妹を擁護できなくなったのか、なまえは直し終わったぬいぐるみを手早くコスチュームに着けていく。
その頬がわずかに赤くなっていて、こいつも照れることがあるのかと少しだけ驚いた。
そして、最後の一つが、なまえの手にのせられた。

「直すのはそれだけか。…………」
「クマです。……ミジンコっぽいけど、クマです」

遠目に見てもめちゃくちゃに縫われた布の塊を、それでもクマなのだという。
一瞬視力検査と眼科を勧めようかと思ったが、確かに手足はクマだ。どうも後から付け足したようである。

破けた部分の糸を丁寧に抜き、新しい布を充て、色を合わせた糸で縫っていく。
先ほどよりも、ことさら大切そうに行う動作を見て、相澤は再び聞いてみた。

「大切な物みたいだな」
「はい。これ、妹が初めて縫ったぬいぐるみなんですよ」
「だからミジンコなのか」
「まぁ……。でも、馬もウサギも、いくつも作った中で、一番出来がいいと思ったのを俺にくれるんです。俺が使いやすいようにって。だから、全部大切です」
「へえ」

見たこともない、なまえの妹を頭に思い浮かべる。
兄の為に、あれがいいかこれがいいかと悩みながら、一つずつゆっくりとぬいぐるみを作っていく様を。

教卓を立ち、なまえの席に近づく。直されたぬいぐるみたちをよく見ると、確かに布や見た目はアレだが、縫い目は丁寧だし、なかなかいい布を使っている。中の綿も偏りがない。丁寧に一つずつ作られているのが見て取れた。

「その分、うちにこのテイストのぬいぐるみたちが溢れてるんですけどね」

ぱちん、と小気味よい音とともに糸が切られ、最後の一つがコスチュームに装着された。
ケースにコスチュームが収められ、相澤に差し出される。それを受け取ると、なまえはカバンを肩にかけ、頭を下げた。

「ありがとうございました。それじゃ、さようなら」
「ああ。寄り道しないで帰れよ」
「妹が待ってるんだから、そんなことしませんよ。じゃ、失礼します」

パタパタと足音を響かせながら、なまえが駆けて行った。
その音が遠くなっていくのを感じつつ、手の中にあるなまえのコスチュームをロッカーに戻す。携帯がポケットの中で小さく震えていた。

妹のために走って家に帰って、妹の作ったぬいぐるみを大切にして、友人たちの影響を受けて、友人たちと笑って。

ごく普通の少年が、ただヒーローを目指したいだけなのにそれを面白く思わない連中がいる。まったく合理的ではない。

つい今しがた、校長からまたも転送されてきた匿名の抗議文を、相澤は読むこともせず、そのまま消去のボタンを押した。


夜郷様

リクエストありがとうございました! 相澤先生夢でした!
はーちゃんのぬいぐるみについてのお話はいつか書きたかったし、相澤先生との話も書きたかったので、本当に楽しく書くことができました!
お楽しみいただけたら幸いです!

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