タイトル不明の感情学校帰り、伸びをしながら歩いていたら、駐車場の中に不自然な人だかりがあるのに気が付いた。
目を凝らしてみると、学生服を着た一人が、見るからにチンピラな一団に囲まれているようだった。
今時そんなことあんのかよと呆れたが、さすがに無視するわけにはいかない。こちらはヒーロー志望だし、第一男らしくない。乱闘になっても、「硬化」なら危害も加えないままあの学生を逃がすことができるはずだ。
そう算段を立てて、駐車場と道路を隔てるフェンスを飛び越えた。
「おい、あんたら!」
大声を上げると、固まりになっていたやつらがこちらを向く。
学生はほっとしたような顔で俺を見た。その視線にわずかな高揚感を覚えつつ、ずかずかとそいつらのほうへ近づく。
「ああ? ……お前、雄英生か?」
俺の制服を見て、主犯格らしき男が顔をしかめる。
気にはなったが、無視して言い募った。
「だったらどうしたよ。おめーら、寄ってたかって一体何してんだ?」
「てめーにゃ関係ねーだろ。とっとと失せな、ケガしたくなけりゃな」
犬の子でも追い払うように手を動かされ、かちんと来る。
チンピラを押しのけて、壁に追い詰められていた学生の腕を引いた。俺と同い年か、少し年下くらいだ。
安心したのか泣きべそをかく彼の腕を引っ張って、チンピラたちの中から引っ張り出そうとした。
しかし、後ろを別の男に固められ、ぐるりと囲まれる形になってしまった。
「おい、待てよ」
「何だよ。俺はおめーらに用はねえぞ」
「俺らがあんのさ。なあ、切島くん?」
「!」
名前を知られていたことに、一瞬だけ動揺した。
その隙をついて、体に何かが巻き付く。ぎょっとして視線を下ろすと、うねうねとした髪の毛が巻き付いている。
しまった、そういう個性だったか。
考えてみれば、名前は体育祭で知ったのだろう。動揺しすぎた。
髪の毛が学生にまで伸びる前に、つかんでいた手を離した。
「おい、逃げろ!」
「えっ! で、でも!」
「いーから! こんなん、敵に比べりゃどうってことねえ!」
学生は少し悩んでいたが、すぐに立ち上がって逃げ始めた。チンピラ共は追わない。ターゲットが俺にシフトしたようだ。
主犯格はぐっと俺に顔を近づけて、じろじろと値踏みするように見てくる。
負けるものかと睨み返すと、そいつはぴくりと眉を跳ね上げた。
「雄英受かったからって、もうヒーロー気取りか? そういう半端なヤツが一番むかつくんだよ」
「気取りじゃねえ! 絡まれてるやつがいたら、救けるのが男だろ!」
「あー、うっぜえなあ!」
「っで!」
控えていたもう一人が、長く伸びた鼻で俺をひっぱたく。
巻き付く髪にはさらに力がこもり、空気を肺から押し出していく。すぐに体を硬化させたが、このままじゃなぶり殺しだ。硬化してぶん殴れば拘束から抜け出せるが、雄英の制服を着たままじゃ、それもままならない。
それを分かっているのか、主犯格はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
腕からはとげのようなものが生えてきている。
「さぁ、切島くん。その個性、常に力んでるのとおんなじなんだろ? 1位のやつがそう言ってたよな」
「……!」
「どれだけ耐えられるか、楽しみだな」
瞬間、その主犯格が3mほど飛んでいった。
フェンスにぶつかる音が遠く聞こえて、さっきまでそいつが立っていた場所に、誰かが降り立つ。
俺と同じ、雄英の制服。その横顔に見覚えがありすぎて、苦しいのにも構わず声をはりあげてしまった。
「って、みょうじ先輩!?」
「やほ、切島。お楽しみ中?」
「違います!」
だよねえと、のんびり言いながら、先輩が指を鳴らす。
おおよそ人間から出てくる音ではない。主犯格はぴくりとも動かなかった。
「後輩がお世話になったようで。これ以上やるようなら、俺がお相手しますけど」
目つきを鋭くしたみょうじ先輩は、一歩こちらに踏み出した。その顔を見て、俺を拘束していたやつらがどよめく。
「おい、あいつ2年の部で優勝してた……」
「マジかよ! ……くそ、行くぞ!」
体から髪の毛が離れ、チンピラたちが慌てて逃げていく。
気絶したらしい主犯格は放置のようだ。ようやく楽に息ができるようになってせき込むと、みょうじ先輩が近くによって来て背中をさすってくれた。
「切島、大丈夫か?」
「うす……。すんません、変なとこ見せて……」
「気にしてないよ。にしてもすごいなあ、体育祭の効果」
からから笑いながら、先輩はチンピラが逃げていった方を見る。
体育祭2年の部の優勝者、それがみょうじ先輩だ。
助け方はいかにもヒーローで、さっきの吹っ飛ばしだって、個性でもなんでもない、ただのキック。本当に強くて、すごい人だ。
学年混合の合同訓練で見かけて以来、ずっと憧れだった、その先輩に助けられた。
その事実が情けなくて、ぐっと手を握りしめる。
「さて」
「……ん? 先輩、何腕まくりしてんスか?」
「え? だって切島にあんなことしてたんだよ? 10分の9殺しくらいにしないと」
「わああ! ちょ、と、とりあえず場所変えましょう! あいつら戻ってきたら嫌だし!」
俺はある意味で爆豪よりも危うい先輩の腕を引き、急いでその場から離れた。
すっかり忘れていたけれど、あの鼻の長い個性のヤツにひっぱたかれたんだった。
近くの公園に移動して、水で濡らされたハンカチが俺の頬に当てられる。
頬は赤くなっているのか、さっきまで目が据わっていた先輩が、心配そうな顔で俺を覗き込んだ。
「痛い?」
「いや、大丈夫っす。それより先輩、なんであそこに?
「近くをたまたま通りがかったんだよ。そしたら泣いてる中学生が、切島のこと助けてくださいって言うから」
慌てちゃったよーなんて言いながら、先輩が俺の隣に座った。中学生、逃がしたあいつか。先輩に会ったということは、無事に逃げられたのか。
よかった。
安心すると同時に、自分がどうしようもなく情けなく思えて俯く。
結局やったことはといえば、チンピラにつかまってどうしようもなくなって、みょうじ先輩に助けてもらっただけだ。硬化できるから大丈夫だなんて、自分を過信して。
めちゃくちゃかっこ悪い。
「切島?」
当てていたハンカチがとられ、はっとする。
横を向くと、先輩が不思議そうに首をかしげていた。ぬるまっていたハンカチは再び水で冷やされ、俺の頬にあてられた。
水を払いながら、先輩は尋ねてきた。
「何か気にしてる?」
「その、……俺、情けねえなって。結局先輩に迷惑かけちまったし、助けてもらわなきゃ危なかったし……」
「あー、それか。そんなの気にしなくていいのに」
「でも」
「だって、切島が助けてなきゃ、あの子がこういう目に遭ってたわけでしょ」
腫れはは引いたがまだ痛む頬を触り、みょうじ先輩が言う。
個性の影響か、硬化しなくとも俺は普通より肌が頑丈にできている。見るからに戦闘向きの個性ではなかったあの中学生が俺と同じ攻撃を受けたら、確かに大事になっていたかもしれない。
「あの子を助けられたんだから、いいじゃん。たかが一回ピンチになったからって落ち込むなよ」
「……」
「……それに、俺は切島にいい顔できて、結構嬉しかったりするんだけどね?」
「うえっ!?」
落ち込む俺を励まそうとしたのか、さらりとそんな気障なことを言われた。
思わず先輩の顔を凝視すると、いたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべている。からかわれた、気づいて顔が熱くなった。
「、みょうじ先輩! からかわないでくださいって!」
「からかってないのに。まあいいか、元気出たなら」
またそんなことを言って、みょうじ先輩はベンチから立ち上がる。
憧れの先輩にそんなことを言われたら、変に勘ぐってしまうではないか。
熱い顔を覚ますように手で扇ぐ。
その様子を見てみょうじ先輩がほくそ笑んでいるなんて、この時の俺は、まだ気が付かなかった。
雅紀様
企画へのご参加ありがとうございました! 切島夢でした!
恋人一歩手前のお話でした。ここからじわじわと先輩に陥落させられるのではないかと思います! 嬉しいコメントもありがとうございました!!
お楽しみくだされば幸いです!