たまには優しく
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(天邪鬼と出水がすでに付き合っています。ご了承ください。)

朝からなんとなく、体調がよくなかった。
とはいっても微熱と、あとは鼻が出るくらいだったので、病院に行くほどでもない。今日は休日だし、午前中の防衛任務が終われば後は自由だ。

それに、ここのところみょうじの花屋に顔を出せていないから、任務帰りに行きたい。さっさと終わらせて、家に戻って寝れば治るだろう。

そんな見通しを立てて、おれは本部へと赴いた。

だが、トリオン体になれば体調の悪さは関係なくなるかと言えば、そうでもない。

もともと生身の体がもととなって動かすものだし、中の人間がぼうっとしていれば、そのぶんトリオン体の動きは鈍くなる。

ザコの相手だったというのに片足を飛ばし、あろうことか唯我にフォローされるという腹立たしい出来事に加え、生身で痛めつけてやろうにもだるくて動けないというありさま。
どうやらトリオンを消費したことで疲労が重なったらしく、任務が終わった後は朝よりも体調が悪くなっていた。

ぐったりと机に伏せるおれを見て、見かねた太刀川さんが声をかけてきた。

「出水ー、大丈夫か?」
「うす……」
「報告書はこっちでやっとくから、おまえ帰れ。どうせ後はなんもないだろ?」
「お大事にねー」
「次はもう少しコンディションを整えてきてくださいよ、出水先輩!」
「すいません、先に失礼します。あと唯我てめー覚えてろ」
「ひい! 脅迫だ弁護士を呼んでくれ!」

うるさい唯我を無視して、荷物を手に作戦室を出る。

どうしようか。
ここまで体調が悪くなるとは思っていなかったから、正直歩くのも怠い。だけどみょうじの顔も見たい。少し図々しいけど、体調が悪いまま行ったら、心配してくれたりなんかしないだろうか。

付き合う前も付き合ってからも、めったに優しい言葉なんかかけてくれない。
それをどうこう言うつもりはないけど、たまには優しく扱ってほしい。

そんな打算的なことも考えつつ、当初の予定通り花屋に向かうことにした。

しかし、花屋の近くまで来ると、だんだん体調の悪さがひどくなってきてしまった。熱が上がってきたのかもしれない。朝は微熱だったのに。

それでもふらつく足を叱咤しながら進み、角を曲がる。
花屋の看板が見えた近くに、客と話しているらしきみょうじがいた。

その顔を見たとたん、体からふっと力が抜ける。踏ん張っていた足から崩れ落ち、音を立てて地面に倒れこんだ。鈍い痛みが地面と接した部分から伝わってくる。

ぐるぐると景色が回り、みょうじの慌てた声を最後に、おれの意識はふっつりと途絶えた。


何かの物音で目が覚める。

かすむ視界の中に、ほどなくしてこちらを覗き込む誰かの顔が映った。

「目ぇ覚めた?」

「……みょうじ?」

だんだん目がはっきりしてきて、呆れきった顔のみょうじが俺を見下ろしているのがわかる。ここは、と尋ねると、俺の部屋だと面倒くさそうな声で帰ってきた。
体を起こそうとしたが、力が入らなくてベッドに逆戻りした。

「やべえ……ちからはいんねー……」
「出水さぁ、具合悪いなら家いろよ。倒れるまで酷使されんの、ボーダーって」

みょうじは手に持っていた体温計の電源を入れると、おれのほうへ差し出してきた。熱を測れということらしい。
おれが受け取ってもそもそと脇に挟むのを見届けてみょうじが立ち上がる。

「何か飲み物持ってくる。熱があんまり高いようなら出水の親呼ぶから」
「ん……。つか、みょうじ、花屋は……?」
「もう上がった。友達の介抱してやれだと」

お節介焼きなんだからと、ぶつくさぼやきながら部屋を出ていった。

「……」

心配というよりは、呆れというか、面倒がっているという感じか。
まぁ、そりゃそうか。すぐ近くで倒れるなんて、ともすれば営業妨害だし。顔を見るだけのはずが、こうして迷惑をかけている。情けない。

だけど、どうしてみょうじを見たとたん、あんなに力が抜けてしまったんだろうか。

小さくぴぴぴ、と電子音を鳴らす体温計を取り、画面を見る。37.8度、平熱が36度くらいだから、まぁ微熱より少し高いくらいか。

再び扉を開け、ペットボトルを持ったみょうじが入ってきて、体温計を見ているおれに何度かと尋ねてきた。声を出すのがおっくうで、画面をそのまま見せる。
彼はベッドの横に膝立ちになって、その数字を見た。

「んー……まぁちょっと高いけど……寝起きだし少し上がってんのかもな」
「うん」
「水飲めるか?」
「ん、飲む……」

とても喉が渇いていた。

腕をつっぱって体を起こそうとすると、背中をみょうじが支えてくれた。

再び力が抜けて、その腕に寄りかかってしまった。ぐらりと体が傾いて、実はしっかりしている肩によりかかるような形になる。
いつも通りの花の匂いに、少しだけ汗のにおいがした。

振り払われるかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。

「熱以外は?」
「だるい……」
「頭痛いとかは?」
「んー……わかんない」
「……わかんないってことはないんだな」

俺の体をまわってきたみょうじの手が、ペットボトルのふたを開ける。そのまま肩を抱かれて、口元に冷たいそれがあてられる。ゆっくりと流れてくるお茶を少しずつ飲んだ。

ペットボトルが離れると、わずかにこぼれたお茶をみょうじの指がぬぐった。

「何か食えそう?」
「むり。……たぶん吐く」
「あっそ。じゃあもう寝ろ。そんなぐだぐだじゃ、歩いてもまた倒れるだろ」
「んー……」
「親御さんに連絡するから、来るまで寝てろ」
「んー……」
「……聞いてる?」

聞こえているけど、応えるのが面倒というか。

すぐ近くにある体温にすり寄ると、みょうじの手がおれの髪を撫でた。言葉と見合わない優しい手つきに、思わず頬が緩む。

それまで膝立ちだったのが、隣に腰をおろして、横からおれを抱きしめてきた。
いつもなら目をむいて驚くか、みょうじの体調を心配するだろうけど、頭がぼうっとしているからかさほど驚かずに、おれはその服の裾を引いた。
耳元で小さくため息をつかれ、少しだけ体が離れる。
こちんと額と額を突き合わせ、どこかほっとしたような顔で、みょうじは言った。

「……あんまり、心配させないで」

頬を撫でる手と、その優しい声に、またも力が抜ける。あーそうか、みょうじの姿が見えたから、安心して力が抜けたんだ。それで倒れたんだろう。

「へへ。……心配したか?」
「さすがに、目の前で倒れられたらな」
「みょうじみたら、安心したから」
「……お前な」

困ったような笑いをこぼして、みょうじはおれの額にキスした。いつになく優しいしぐさに、とろとろとした眠気が復活してくる。
再び彼に寄りかかると、そっとベッドの中に戻された。

それでも裾をつかむ手は離さずにいると、大げさに舌打ちしながら、指を外させる。そして指と指をからめ、枕元に置いた。

「……みょうじ」
「何」
「ありがとな」
「……ん。いいから、寝ろ」

汗ではりついた髪を払って、みょうじは今度は、おれのまぶたに唇を落とした。あやされてるなあ、とか思いながらも、心地よい眠気と体温に、おれは目を閉じた。


「あ、出水くん、元気になったんだ。よかった」
「すいませんお姉さん、ご迷惑お掛けしました」
「いいのよー。なまえが顔色変えて出水くんかかえてくるから、何事かと思ったわ」
「え、みょうじが!?」
「そうそう。そんな力どこにあんのって驚いちゃった」
「……そ、そうっすか……」


茨薔薇様

企画へのご参加ありがとうございました! 出水夢でした!
付き合ってから……という前提なのですが、付き合ってもたぶん、天邪鬼はあんまり態度が変わらないかなーと思います。
ありがとうございました!


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