飼い殺しを夢想
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今日の任務中に、首輪をつけた猫がひょこひょこと警戒区域に入り込んできた。

ひとまず危ないからと、捕まえて外に出そうとしたら、ちょうど飼い主らしき女性が外でまごついていて、おれはその猫を引き渡した。どうやら抱き上げて散歩していたら、腕から抜けていってしまったらしい。

何度も恐縮して頭を下げ、猫をしっかりと抱いて去っていく彼女を見て、ふと思ったことがある。

「なー、槍バカ。あの人さ、ちゃんとケージ持って歩いてればいいのにな」
「と、思うじゃん? 抱き上げてたほうが、猫も気持ちいいんだろ」
「そーいうもんか」

もし逃げたら、都合よく誰かが捕まえてくれるとは限らない。

おれだったら、危ない目に遭ってほしくないし、散歩させるならケージに入れて歩く。邪魔ではあるけど、そのほうが安全だ。

首をひねりながら、防衛任務を終え、本部へと帰還した。

作戦室に戻っても、また同じような話をした。
携帯ゲーム機のボタンをテンポよく叩いていた柚宇さんが、そーだねえ、とうなずきながらこちらに顔を向ける。

「猫飼うひとってさー、完全室内飼いってひとも多いよね」
「完全室内飼い?」
「そうそう。こう、猫ちゃん外にだしてあげるとさ、交通事故とか野良猫ちゃんから病気つされたりとか怖いでしょ?」
「あー、まあ、そうですね」
「で、それが怖いから、家にずっといさせとくんだって。環境良ければ20年くらい猫って生きるからね」

わたしも猫ちゃんずっと家おいときたいかも、なんてのんびり言う柚宇さん。

なるほど、確かに。
近界民に踏みつぶされたりとか、保健所に連れていかれたりとかのほかにも、そういう怖さがあるわけか。
それを考えたら、おれも猫はずっと家に置いておきたいかもしれない。ケージを持って歩くよりも、そっちのほうが楽だろうし。

「にしても、珍しいね出水くん。猫好きだったっけ?」
「そこそこですけど。ただ、なんとなく気になって」
「ふうん」

首をかしげていた柚宇さんは、再びゲームの画面に目を落とした。
それを見て、おれもソファにごろりと体を横たえる。

とある人物の顔が頭をよぎっていた。


「よ、みょうじ」
「チッ」
「会うなりそれかよ」

本部からの帰り、花屋に顔を出した。みょうじは今日は商品の点検をしているようだった。金属のベンチに腰を下ろして、その様子を眺める。

グラスの中に、青やら赤やらのジェルみたいなのが入っていて、それと同じ色の花がジェルにささっている。きっちり封をされて、プラの箱に入っているのに、花にしおれた様子はない。

「なぁ、それ何」
「あ? どれ」
「その、なんか飲み物みたいなの」
「ああ。プリザーブドフラワーだよ」
「ぷり……なにそれ?」
「自分で調べろ」

ふい、と顔をそらされて、仕方なく携帯で調べてみる。
おなじみのウィキ先生を見てみると、特殊液につけて防腐処理を施した花のことらしい。枯れない花というわけか、なるほど。

「じゃその下の赤いのやら青いのは?」
「芳香剤。バラの香りって触れ込みだけど、俺はあんまり好きじゃない」
「元も子もねー言い方だな」

苦笑いしながら一つ手にとって、鼻を近づける。いい香りだとは思うが、確かに本物のバラとは少し違う気がしなくもない。花屋で本物の匂いを嗅ぐ機会が増えたからだろうか。

「これって枯れないんだ、すげーな」
「まあ、その代わり壊れやすいけどな。俺は生花のほうがいい」
「へえ」

壊れやすいけど、枯れない花。
みょうじの言う通り生花もいいが、おれは枯れないならそっちのほうがいいかもしれない。箱を売り場に戻して、ちらりとみょうじを見た。

ぱっぱと素早く箱に目を通し、何かを記帳していく横顔は、やっぱり腹が立つくらいに整っている。男に対してこんな表現も違うかもしれないが、花みたいだと時々思う。
そこにいるだけで周囲が華やぐから。

「そーいやさあ」

柚宇さんにも話した猫の話を、みょうじにも話してみた。
特に興味もない、というかおれの存在自体を無視しているみたいな態度だったが、これで意外と話を聞いているのを知っている。完全室内飼いのところまで話して、意見を求めてみた。

「どう思う?」
「どうでもいいと思う」
「雑すぎかよ」
「どうもこうも、俺は野良猫触れればそれでいいし。人の飼い猫のことなんか知るか」
「あー、そういう」

らしいというか、何と言うか。
この間学校帰りに、野良猫に必死に話しかけていたのは見なかったふりをしてやったほうがいいかもしれない。写真は撮ったが。

おれは、飼い猫だったら長生きしてほしいし、事故にあったりだとかも心配だから、ずっと家にいてほしいと思う。もし散歩をするなら、ちゃんとケージに入れて、逃げないようにして。

それで、花だったら、壊れやすくてもずっと枯れないほうがいい。そばに置いておきたいから。気に入って買った花が枯れてしまったら寂しい。

「おれは家にいてほしいなー。家帰ったらちゃんといて、出迎えてくれんの」
「はっ」
「おい鼻で笑うな」

ずっと家にいて、家に帰ったら必ず触れられて、家に置いておくことでいろいろなものから守ることができて、いつまででも一緒で、壊れないよう慈しんで。
俺だけが見て俺だけを見て。

そういう存在に、例えばみょうじがなってくれたとしたら、どれだけ。

そんなのを真っ向から言えば、また鼻で笑われるか、本気で引いたような顔で見られるだけだから、口には出さないけど。

携帯がメールを受信したので、目を通す。
母親からだった。

その内容を読み進めていくうち、知らないうちに口角が上がっていった。
メールから顔をあげると、ちょうどみょうじと目が合う。何にやついてんだ気色悪いと辛辣な言葉を突き付けられたが、そんなのが気にならないくらいおれは機嫌がいい。

メールの内容は、土日月と両親が出かけるというもの。火曜日に帰ってくるとのことで、加えて姉もどこかへ遊びに行くらしい。たぶん彼氏とだと思う。

つまり、家にはおれひとり。

「明日から土日だろ? んで、月曜祝日だし」
「? だから何だよ」
「おれの家遊びにこねえ?」

いぶかしげな顔をしているみょうじに、近所に触らせてくれる猫がいることや、見たがっていた映画のブルーレイがあることを付け足してみる。
徐々に惹かれているらしく、あともうひと押しといったところ。

「まぁ嫌なら、みょうじが猫に話しかけてた写真クラスに回すけど」
「は!? いつ撮っ……」
「どーすんだよ、広まるまでは指一本だぜ? 家一人で暇だしさ、泊まりに来いよ」

ダメ押しにそう言うと、わずかに頬を赤くしながら、みょうじは大きく舌打ちした。苦々し気な了承の言葉を聞きながら、おれは笑った。

彼をずっとしばりつけておくことができるその日までは、こうして繋ぎ留めておくことにしよう。


匿名様

企画へのご参加ありがとうございました! 出水夢でした!
ヤンデレ直前に……と心がけてみたのですが、い、いかがでしょうか……。病んでいく過程こそ真髄だと思うんだ……。
お楽しみくだされば幸いです!

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