犬と猫の夜散歩
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コンビニで買い物を済ませて外に出ると、待たせていた後輩がいない。
少しあたりを見回すと、ガードレールにつながれた犬の前で、しゃがみこんでいる男がいる。
見慣れた髪の色と、よれたシャツにため息をついた。

「おい、みょうじ」
「! 影浦先輩!」

名前を呼ぶと、男がこちらを振り向く。
嬉しいという感情がぐさぐさと突き刺さり、悪くはないが鬱陶しい。

なぜか行動がいちいち犬っぽいこの後輩は、姿が見えないと大概犬か猫、もしくは鳥のところにいる。今のように買い物中に外で待たせていると、大抵は動物を撫でている。

みょうじに構われて嬉しそうな犬が、もっと遊んでと飛びつく。みょうじは、とたんにでれでれと目じりを下げて、犬の耳の後ろや頬を指でかいてやっている。

通行人のほほえましげな感情が刺さるのが鬱陶しくて、丸まった背中を蹴り飛ばした。

「いだっ! 何するんですか!」
「うっせ。とっとと戻んぞ」
「ちぇー……またね、ワンちゃん」

名残惜しそうに、みょうじが犬に別れを告げて立ち上がる。
俺が買い物袋を突き出すと、なに買ったんですかと聞きながらも受け取った。

その質問には答えず、踵を返して歩き出す。みょうじはひょこひょこと大股に歩いて、すぐ俺の隣に立って歩き出した。

「夜になっても暑いですねー。今年酷暑だとかニュースで言ってましたよ」
「ふーん」

季節は夏。夜になって、日差しによる暑さはましになったものの、蒸すような暑さはまだ続いている。
特に体温の高いコイツにはきついだろう。
しかし、暑くてへたばるならまだしも、暑いと余計にテンションが上がるのがこの後輩の鬱陶しいところだ。俺は基本的に暑くても寒くてもイラつくのに。

待っている間に通ったおっさんのチャックが全開だっただの、メイクがとれてパンダになった女がいただの、大型犬がとびついてきただのと、後ろでごちゃごちゃと元気に話しているみょうじ。
俺はいったん足を止め、みょうじに持たせていた袋に手を突っ込んだ。

きょとんとしているみょうじの口に、袋を取った棒アイスをねじこむ。

「もがっ」
「鬱陶しい、黙れ」
「んぐ……すみません、黙ります……」

途端にしょんぼりと肩を落とし、もごもごとあずきバーを食べ始める。

耳としっぽがあれば、切なそうにしおれていることは間違いない。寂しいとか悲しいとか、今度はそんな感情が突き刺さって居心地が悪い。

俺より少し上にある頭を乱雑にかき回してやると、すぐに目がきらきら輝きだした。隣にぴったりとくっついてくるみょうじを再びどつく。

「あっちーんだよ! 寄んな!」
「ひど! いいじゃないですか、アイス食べたら多少涼しくなりますよ!」
「おめーはアイス食っても変わんねーだろ!」

脛を狙って蹴りながら、大通りから坂を上り、住宅街へと続く道に出た。

すっかり元気を取り戻したみょうじは、また何事かをしゃべりながら俺の隣(若干距離を開けながら)を歩いている。コイツの話題はどこから出てくるのかといつものことながら思う。

「そんで、その時米屋が……あ!」

ふと、みょうじが話をやめて、道からそれていく。
何事かと振り向くと、みょうじは道沿いにあった公園の中へと走っていってしまっていた。
あいつと出かけていると、どうしても犬(それも躾ができていないやつ)を散歩させているような気になるのは俺の気のせいだろうか。

「おい、何してんだ」
「あ、影浦先輩! 見てくださいよ、ここ水出てますよ!」
「水?」

公園の中に足を踏み入れて、みょうじがいる場所に目を凝らす。
公園に置いてある丸いベンチの真ん中、岩が積まれた上から、水がちょろちょろと吹き出ている。噴水というほどでもないが、水音や見た目には確かに涼しげだ。

だが、別に冬芽ほどテンションは上がらない。

「水出てる! 水! ここ水出るようになったんだ! 前までぶっ壊れてたのに!」

しょぼい水が出た程度で、どうしてここまで喜べるのだろうか。

水が少し出ている程度で涼しくはないから、とっとと家に帰って冷房をつけたい。

「おい、行くぞ。水なんかどうでもいいだろ」
「あ、待ってくださいよ。これはこうして、」

みょうじから、よからぬことを考えているらしい感情を受信した。
しかし、それより早く、俺の顔に生ぬるい水が浴びせかけられた。

ぽたぽたと水が滴る髪の間から、ぽかんとした顔のみょうじが見える。水の出ているところを指で押さえ、勢いよく発射させたようだ。

「あ、あの、すいません、影浦先輩、まさかそんな勢いよく……」
「……オイコラ、みょうじ……」
「はいっ!」
「そこ立ってろ。動くんじゃねーぞ」
「はい!」

髪をかき上げてから、直立不動になったみょうじに向かい、同じように水を浴びせる。俺よりもはるかに多い量を頭からかぶり、さっきと同じく呆然としていた。

「……量多いですよ! 俺そんなかけてない!」
「あ? 俺とおめーで同じ量なわけねーだろ」
「いや逆になんでですか! 服まで濡れたし、もー」
「どうせまた風呂入んだろ、汗かいてんだし」
「入りますけど……影浦先輩が外で待ってろっていうからー。俺も中入りたかったのに」
「後ろからついてくるから、ゆっくり見れねーんだよ。帰んぞ」
「はーい」

ぶるぶると頭を振って、みょうじがついてくる。またこちらに水を飛ばそうとしているのが刺さる感情でわかったので、にらんで牽制しておく。
肩を震わせて手を引っ込めたのを確認して、公園を出た。

少しおとなしくなったみょうじを伴って、しばらく歩く。
それまで少し距離を開けて隣を歩いていたのが、ふと距離を詰めて、俺の手を取った。外気が暑かったからか、俺も汗ばんでいたからか、みょうじの手が少し湿っていたのはさほど気にならなかった。

「なんだ」
「なんとなくです」
「……そーかよ」
「へへ」

何がうれしいのか、ニマニマしながら隣を歩くみょうじ。
男二人が手をつないで歩いているのはさぞかし不気味な光景だろうが、今は人が通る時間帯ではないから見られる心配もない。

「先輩、帰ったら一緒に風呂入りましょうよ」
「アホか。せめーだろ」
「二人くらいならいけますって」
「……帰ったらな」

そう返すと、先ほどよりも激しく突き刺さる感情。悪くはないが鬱陶しい。そうとう雑な扱いをしているというのに、俺の言葉一つでここまで喜べるか。
やっぱり、犬だ。

「影浦先輩? どうかしました?」

みょうじは俺の顔を覗き込んで首をかしげている。その頭の上に手を置いて、ぐりぐりと撫でてやった。先ほどコイツがつながれた犬にしていたように、耳の後ろを指でかくと、気持ちよさそうに目を細める。

「なんですかー、突然」
「おめーは犬みてーだな」
「そうですか? でも、それ言うなら、影浦先輩は猫ですよね」

みょうじの手が俺に伸びて、首に触れる。そのまま猫にやるように喉を撫でられた。動物好きなのが関係しているのか、思ったよりも気持ちいい。

思わず目を細めると、ほらやっぱり猫だ、と嬉しそうな声が降ってくる。
お前だって犬だろ、と内心で言い返して、心地いい手を払う。

「行くぞ。いい加減あちぃ」
「はい!」

ぴったりと隣にくっつくみょうじを、今度はそのままにして、足を進める。
まったく、ただゴムを買いに行っただけなのに、とんだ時間をくってしまった。


ぽてつ様

企画へのご参加ありがとうございます! 影浦夢でした!
ただ二人が買い物に出かけるというお話でしたが、いかがでしたでしょうか……!
お楽しみいただけたら嬉しいです!

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