わかりやすく愛してね
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学校の図書室、向かい側で黙々と問題を解くみょうじを見つつ、俺はため息をついた。

テスト前だから一緒に勉強しようと声をかけたのはいいが、まさか学校でやるとは思わなかった。普通恋人からそう誘われたら、どちらかの家でやるものじゃないだろうか。

参考書が豊富にある図書室のほうがいいのはわかるけど、だ。

しかもそれに加えて、俺もみょうじもさほど成績で苦労したことのない人間だから(陽介と違って)、特に教えあうこともない。
つまり、ここに座ってから今まで、会話は皆無。

「…………」
「こら」

悔しくてつま先でみょうじの足をつついたら、短くそう注意された。わからないところでもあったのかとか、聞いてくれてもいいものなのに。

しんと静まり返った図書室で声を出すことははばかられて、俺はノートの隅を破りとり、そこに文字を書いた。それを差し出すと、彼はいぶかし気にしながらも手を止め、紙に目を通す。

「あきた」

みょうじは一瞬、呆れたような笑いをこぼしたが、すぐに表情を引き締めて、紙に何事かを書き込んだ。
再び俺の手元に戻ってきたそれを読む。

「奈良坂がやろうって言ったんじゃん」
「俺の家でやりたかった」
「おばさんたちいるだろ」
「じゃあみょうじの家」
「汚いからダメ」

ぴしゃりとそんな言葉を突き付けられ、俺は紙の少ない余白一杯にドクロマークを描いて、冬芽のノートに挟み込んだ。

そしてノートと教科書を閉じて重ね、その上に腕を敷いて頭を乗せる。
予習も復習も宿題もすべて終わっているし、テスト範囲だって勉強済みだ。ただ一緒にいたいからテスト勉強なんていう口実を付けただけだ。それすらわからないとは、鈍感にもほどがある。
もしくは、気づかないふりをしているのか。

腕で視界を完全に覆ってから目を閉じる。みょうじが何か書いているらしい、カリカリという音が近くなった机から聞こえてきた。
面倒くさいのが寝たから集中しようということだろうか。

「鬱陶しいならそう言えばいいだろ」

どうにもむなしくなって、くぐもって聞こえないだろうにそんなことを呟く。

「はぁ?」

案の定、みょうじには聞こえなかったようだ。聞き返す言葉を無視し、本格的に寝る態勢に入る。俺は静かにするから、存分に勉強すればいい。勉強会はあきらめるから、帰りくらいは、歩きながら話せたらいいが。

そんなことを思いつつ、俺はゆっくりと眠りの中に落ちていった。



誰かの話し声で目が覚めた。みょうじの声と、誰か、女子の声。

「……、よかったら、……」
「いや、いいよ。……」

徐々に意識がはっきりしてきて、会話の内容がよく聞き取れるようになってきた。

「でも、運ぶなんて大変でしょ? 奈良坂くん大きいし……パパに電話したら、たぶん迎えに来てくれるから」
「起きるまで待つし、大丈夫だよ。結構時間経ったし、そろそろ起きると思う。疲れてんのに、無理に動かすのも酷だしさ」
「……そうだね。じゃあ、鍵だけお願いしていい?」
「ああ。また明日」

ちゃり、と何かが手渡される音。声の女子は図書委員だったらしい。
腕の隙間から外をうかがうと、赤い光が差し込んできていた。もう夕方だ。

ずっと同じ体勢で寝ていたからか、首や腰が痛い。どれだけ寝ていたのか。
扉がそっと閉められて、図書室の中が静かになる。どうやら、俺たち以外はもう誰もいないようだ。

一瞬、起きようかとも思ったが、寝たふりをしたままのほうが一緒にいられると気づいて、そのままでいた。少しだけ体の向きを変え、凝り固まった首を動かす。
みょうじも勉強を終えたのか、書いている音は聞こえない。
本でも読んでいるのだろうか。

すると突然、俺の頭の上に手が乗せられた。髪の毛を梳くように優しく撫でられて、俺は固まった。

頭を撫でるなんて、しかも、誰もいないとはいえ学校で。手をつなぐことさえめったにしないみょうじが。一体どういう風の吹き回しだろう。

突然の行動に俺が戸惑っているとも知らず、みょうじはどこか拗ねたように口を開いた。

「鬱陶しいとか、思うわけないだろ」

言われてどきりとした。先ほどの「はぁ?」は、聞こえなかったのではなくて、なに言ってるんだ、という意味だったらしい。

「奈良坂表情わかりにくいしさー……どこまで踏み込んでいいのかわからないし」

撫でていた手が離れていって、少しだけ寂しく感じる。

しかし、俺の表情が変わらないのが、みょうじがそっけない原因だったのか。自分ではそれなりに表現しているつもりだが、伝わっていなかったようだ。

「あの子だってお前狙いだしさー……腹立つ」

みょうじのため息が聞こえた。
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。あの子、というのがあの女子だったとするなら、するとそれは嫉妬か。
みょうじの俺に対する執着のようなものを見て、恥ずかしさと同時に照れくささが沸き上がる。そろそろ、本当に起きたほうがいいかもしれない。
これ以上彼の本音を聞いてしまうのは、その、いろいろとまずい気がする。

さあ起きるぞと腕に力を入れたが、再び手が俺の頭に触って、その気概は吹き飛んだ。

さっきと同じように優しく、かつさっきよりゆっくりと動く手。どくどくと心臓が高鳴り、心音が聞こえないかと不安になる。
上にみょうじが顔をよせる気配がして、俺はぐっと手を握りしめた。

つむじに柔らかい感触が落ちてきて、そこでとうとうこらえきれず、俺は勢いよく体を起こした。とたんすさまじい勢いで頭に何かがぶつかり、みょうじが呻く。

俺は頭を押さえて、顎を抱えうずくまる彼を見つめた。

「ってぇー……!」
「お、お前、みょうじ、何を……!」
「は、え!? 奈良坂、起きっ……え!?」

顔が熱くて仕方がない。あごが赤いみょうじもどんどん顔を赤くしていく。
二人で顔を赤くしたまま黙り込んでいると、やがてみょうじが小さい声で尋ねてきた。

「……あの……い、いつから起きて……」
「……お前が、女子と話してるところから……」
「あ、へえ……。……全部聞かれてんじゃんかよぉ……」

はぁあ、と情けないため息を吐きながら、彼はずるずるとその場に座り込んだ。聞かれたほうも恥ずかしいだろうが、聞くほうも相当恥ずかしい。

どうせ恥ずかしいのならと、机を回り、みょうじの近くにしゃがみこむ。耳まで赤くした彼の顔を覆っている手を取って、自分の頬にあてた。

「みょうじ」
「う、ん」
「……もう一回」

そうねだると、みょうじがぐっと息をのむ。

お互いの空いた手をつなぎ、顔を近づける。彼の手は笑ってしまうくらいに汗ばんでいて、いかに緊張しているかがうかがえた。最も、俺も似たようなものだから人のことは言えないが。

もしかして俺のことをそれほど好きじゃないのでは、なんて杞憂だったなと、先ほどの自分を笑いながら、俺は目を閉じた。

「なぁ、みょうじの家に行きたい」
「……まじで汚いけどいいの?」
「どれくらいだ?」
「足の踏み場がない」
「……片づけなら手伝うぞ」

あと、みょうじは本気で片づけができないらしい。


藤子様
企画へのご参加ありがとうございました! 奈良坂夢でした!
奈良坂は表情変わらなさ過ぎて恋人にさえびびられてたらかわいいなと思います! 感情の起伏にとぼしいわけでなく、ただ表情が変わらないみたいな!
お楽しみいただけたら幸いです!

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