こんなの知らなかった
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嵐山とルームシェアを始めて、今日で半年が経つ。

大体の家事は忙しい嵐山に代わってほぼ俺、代わりに家賃は嵐山が3分の2を出して、そこそこうまくやっていた。

ただのルームメイトが、何をまかり間違ったのか恋人になってしまったりもしたが、まぁ別に気にしていなかった。

ある日、朝の支度の時間のこと。
朝から大学の嵐山と違い、昼からの俺は、のんびりとシャワーで濡れた髪を乾かしていた。すると、あわただしく準備をしていた嵐山が、勢い込んで洗面所に駆け込んでくる。

「みょうじ!」
「ん?」
「悪い、今日広報の仕事で……」
「はいよ。んじゃ飯食ってくんの?」

嵐山は多忙だ。ボーダーの防衛任務にプラスで、広報という仕事も掛け持ちしている。任務優先だからインタビューばかり受けているわけじゃないけど、それでも取材は多いし、本業である勉学もおろそかにできない。
ただの大学生である俺はそのサポートに徹するのみ。

話を戻して、広報の仕事となると、高確率で相手先とご飯コースなので、夕飯の用意が手抜きになるのである。

嵐山は申し訳なさそうにうなずいて、じっと俺を見つめた。ドライヤーを壁にひっかけて、耳としっぽが垂れた大型犬を抱きしめる。

「よしよし。頑張りすぎんなよ」
「みょうじ〜……」

情けない声をあげながら抱き着いてきたので、背中を軽く叩いてやった。
今は上半身が裸なので、嵐山の服がごわごわして変な感じだ。ひとしきりそうして抱きしめあってから、体を離す。

なぜか嵐山がじっと俺を見ていた。その眼力が尋常ではなくて、俺は首を傾げた。

「なに?」
「い、いや、なんでもない! それじゃあ、行ってきます!」
「うん、いってら……嵐山! 帽子とメガネ!!」
「へ? ……みょうじ、服!」

変装もせず駆け出して行った嵐山を半裸で追いかけ、隣の人にうるさがられたのは言うまでもない。


嵐山が遅くなるなら、飯を作るのも面倒だし適当に外で済ませよう、と思っていた。

それを聞きつけたサークルの先輩に誘われて、男ばっかりのメンツで飲みに行くことに。お酒は20歳から。

とはいえ、そんな席で一滴も飲まないというのも無理な話で、比較的薄い緑茶ハイをなめながらバカ話に花を咲かせていた。
自然と話は猥談に流れていく。

「やっぱさー、長く付き合ってるとマンネリになってくんだよな。どっかで会って遊んで飯食って、流れでエッチ、みたいな」
「へー、大変っすね」
「へーって、お前はどうなんだよ、みょうじ!」

後ろから頭をはたかれ、俺はうめいた。彼は決して悪い人ではないのだが、酒を飲むと少々気が荒くなるのが欠点である。トラまではいかないが。
どう、と言われても、まだそこまで期間が経っていないため、マンネリも何もないというのが本音である。

「まだ付き合ってそんなにだし、そんなんないっすよ」
「相手年上? 下?」
「同い年です」
「へー。どっちが主導権握るとかでもめねーの?」

一瞬俺の相手が男なのを知っているのかと思ったが、エロ魔人の先輩のことだ。
普通にエロい意味での質問だろう。案の定、ほかの先輩からお前なに聞いてんだよ、とどつかれている。後輩に何を聞いているんだろうか。

俺は優しい後輩なので、ちゃんと話を合わせてやる。

「主導権は俺っすね。告白向こうだったんすけど」
「おー、いいじゃんいいじゃん。誰? サークルいるやつ?」
「同じ大学のだれかです」
「わかるか!」

告白してきたのは嵐山である。
どうやったら好きになってくれるんだと切羽詰まった様子で聞かれたので、じゃあお前俺に抱かれてもいいのと聞いたら即答で了承した。
今思えば最低だが、嵐山も楽しんでいるようだしで、そこまで気にしたことはなかった。

「でもさー、向こうにたまには主導権渡してみたら?」

のんびりビールを飲んでいた先輩が、さらりとそんなことを言ってきた。嵐山に主導権を、ってことは、俺が抱かれるということだろうか。
……うーん。

俺が思い悩んでいると、先輩は赤い顔でけらけら笑い、枝豆を口に運ぶ。

「そんな難しく考えないでさー。新しい世界開けるかもよって話だよ」
「あー、わかるわ。騎乗位とかめっちゃ気持ちよかった。ムチもなかなか」
「みょうじ、だまされんなよ。こいつらMなだけだから」

いよいよ居酒屋で話す内容じゃなくなったところで、先輩がM二人の会話を遮った。

俺も笑って流したものの、頭にはその内容がこびりついていた。嵐山に主導権。
嵐山といえば、朝何か様子がおかしかったようだが、調子でも悪いのだろうか。


俺は思ったよりも酒に弱かったらしい。

緑茶ハイともう一杯、ほぼジュースだからと言われてカシスオレンジを飲んでみたのだが、その一杯がよくなかった。半分ほどを飲み終えたところで気持ち悪くなって、居酒屋のトイレで吐いてしまった。
誘ってきた先輩は責任を感じたのか、送っていってやろうかと申し出てくれたけど、嵐山の住所を知られるわけにはいかないので、どうにか自力で帰り。

幸い嵐山はまだ帰っていなかったが、それにしても体調は最悪。
トイレでまた吐いて、水を飲んで、絨毯の上に転がる。自分の部屋に戻る元気がなかった。

「あー……気持ち悪……」

やっぱお酒は20歳からだわ。ほんと。

しばらくそうやって床で死んでいると、がちゃがちゃと玄関のほうで物音がする。
嵐山が帰ってきたようだ。急いだような足音が入ってきて、おそらく俺の部屋の扉を開ける。
誰もいないのを不思議がっている様子が脳裏に浮かんで、俺は一瞬気持ち悪さを忘れて笑った。

「みょうじ? 帰ってるのか? ……みょうじ?」

ぱたぱたと足音が近づき、とうとう俺のいるリビングの扉が開けられた。
寝転がったまま手を振り、嵐山に声をかける。

「おかえりー……」
「みょうじ! ただいま! ……どうしたんだ?」

荷物を机の上に置いて、嵐山は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。改めてみると、本当にイケメンだなこいつはもう。正統派というか。
すべすべの頬に手を滑らせながら、俺は苦く笑う。

「嵐山いないならって、飲みにいったんだけどさー……俺意外と酒飲めなかったわ」
「飲んだのか?」
「ちょっとだけ。……したらこのざまよ……」

手を下ろして、床に大の字で寝転がる。体は熱いのに寒気がするという不思議な感覚を味わって、俺はぱたぱたと手で首をあおいだ。

「……っ」

今、嵐山ののどが動いたような気がする。
気のせいだろうか。
俺が疑問に思っているのも知らず、嵐山はなおも尋ねてきた。

「水とかいるか? いるなら持ってくるぞ」
「ん、いいや。寝てれば楽になるだろうし。……それより嵐山、着替えてきなよ」

撮影用の服をそのまま着てきたのか、朝と違う服の嵐山にそう言う。
ごろりと嵐山のほうに寝返りを打つと、いつもと違う嵐山の匂い。仕方のないことだけど、スタイリストさんの香水の匂いがするのは、いつもいい気はしない。
付き合ってからはなおさら。

「その香水、嫌だ」

ぽそりと呟く。
その途端、嵐山の目が燃え上がるのが見えた。え、なに。
俺がさきほどとの落差に呆然としていると、嵐山はらしくなく、自分の頭を乱暴にかきまぜる。

「なんでそういう……ああ、もう!」
「え、なになに、っわ」

肩をつかまれ、勢いよく上を向かされる。
体に乗り上げて、嵐山は男らしくトップスを脱ぎ捨てた。鍛えられて引き締まった体が目の前にさらけ出されて、いつも見ているものなのにどうしてか心音が大きくなった。
いやまあ、いつもはこれを組み敷いている、けど。

「あ、あらし、」
「いつも、すごく我慢してたんだ」

俺の服に手をかけた嵐山は、さわやかなボーダー隊員でもなければ、イケメンの大学生でもない。ぎらぎらと目を輝かせた一人の男だ。
それがいま、たぶん、俺を。

興奮のためか赤らんだ頬が、いつもの艶やかさとは違う意味を持っていた。

「ずっと、なまえをめちゃくちゃに抱いてやりたいと思ってた」

ゆっくりと舌なめずりをする嵐山に、俺は喉の奥でひきつった悲鳴をあげた。
こんな、男みたいな嵐山、俺知らない。


莱様
企画へのご参加ありがとうございました!
嵐山はそういうことにおいてはガツガツ行く感じの肉食系であればいいと思います! いつもはさわやか隊長で!
お楽しみいただければ幸いです!


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