知らないことにして、見ないふりをして、そうして黙ってしまうのは簡単だ。だから俺は、いつでもその方法を採っていた。

「私、か、烏丸くんのことが……!」

窓の外で繰り広げられる、純情ストーリー。渡り廊下をのんびり歩いていたら、偶然にも遭遇してしまった。
しかもお相手がまた。

告白しているのは、俺の隣のクラスで、見た目は少し地味だけど性格がよく、影での人気がなかなか高い女子生徒。そして告白されているのは、同じく隣のクラスで、おそらく学年で一番イケメンではないかという男子生徒、烏丸京介。

なんで烏丸のほうは名前も知っているのかというと、何を隠そう彼に片思いをしているからである。

窓の向こうから見えないように体勢を低くして、誰が開けっ放しにしたのか大変風通しがいい窓から入り込んでくる声を聞く。
烏丸は一体、どんな返事を返すのだろうか。

「……うん」
「えっ?」
「おれもお前のこと気になってた。付き合おうか」
「ほ、ほんと!?」
「ああ」

嬉しそうな女子の声と、淡々としているけど、どこか嬉しそうに聞こえてしまう烏丸の声。
それなら今日一緒に帰ろうとか、名前で呼んでほしいとか、カップルみたいなことを話しているのが体中に突き刺さる。

ああ、みたいじゃなかった、もうカップルなのか。

おめでとう、とか言って飛び出したら驚くかな。それとも、烏丸と仲のいいやつらに教えてやるべきかな。

全力疾走した後みたいに跳ねる心臓をきつくきつく押さえつけて、体勢を低くしたまま、這いつくばりながらその場を後にした。

「……はぁ」

ある程度距離を取ってから、ようやく立ち上がる。膝や袖に埃が付着していたので、手で軽く払う。汚れが気になったからじゃない。何かしていないと気持ちが落ち着かなかったから。今もまだ、落ち着かないが。

烏丸だって、人の子だ。誰かと付き合う可能性だって誰かを好きになる可能性だって、いくらでもあったのだ。
やたらと神格化してみていたのは俺だ。

いや、だけど、でも。

願わくば、その対象が自分でないだろうかと、そんな夢を抱いていたのだけれど。

「帰ろ」

落ち込むようなことじゃない。烏丸に気持ちを知られずに済んだならそれが一番良かったことだ。
あの子は勇気を出して、俺は出せなかった。嫌われるのも気持ち悪がられるのも、気まずくなることさえ怖かったから。だからとやかく言う資格はない。

あの二人を見かけたら、お似合いだとほめそやしてやればいいだけの話。
動揺する必要はない。

だから、黙れよ、心臓。

落ち着かない心臓がいっそ止まってしまえと願いながら、俺は廊下を走り出した。


その数週間後に、烏丸と彼女が別れたなんていう噂が流れてきても、俺にはもう、勇気を出すことはできなかった。


お題は虫の息様より

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