姉はあまりに、自己評価が低い気がしてならない。

でたらめな悪口を言われたって少し顔をしかめて、言っている人の視界に入らないようにそっとその場を離れるだけ。面と向かって罵倒されても、ごめんなさいと謝って逃げる。

前に、近界民を倒したのに名前が報告されなかったことがあったけど、それすら怒らず、仕方ないねと苦笑いしていた。

正直言って、信じられなかった。

「あ、遼おかえりー。ごはん食べた?」
「ただいま。食べたけど腹減った、何かある?」
「テレビ見ながら適当に作ったチャーハンならあるよ。食べる?」
「食べる」

任務を終えて帰宅すると、テレビを食い入るように見ていた姉が出迎えてくれた。
放送していたのは時代劇、ちょうど殺陣のシーンだった。ひらりひらりと動いている主人公の動きを見ていたらしい。

先に風呂に入れと言われて、汗を流したかったのでありがたく入ることにした。

シャワーを頭から浴びて、はあとため息をつく。
今日、聞いてしまった姉の悪口が、耳に残っていた。


『歌川の姉ってさ、あんなに命中率低いくせに、なんでガンナーなんだろうな』
『言えてる。止まってる的にも当たってないし。訓練してたって、結果出てないんじゃねえ』
『そーそー。あんなのが姉って、歌川も迷惑だろうなあ』
『いっそ、ボーダーやめればいいのに。ボーダーの名前を汚さないでほしいよ』

そこまで聞いたら、風間さんがじろりと睨んで、そのA級二人組はそそくさと逃げていった。
菊地原はサイドエフェクトがあるから聞こえていたはずだが、黙っていてくれたようだった。

確かに、姉のアステロイドの命中率は、お世辞にもいいとは言えない。
狙いを定めるのが下手らしく、暇さえあれば訓練しているが、それでもなかなか上達しない。
加えてランク戦も負け続きだから、そんな噂やデマが流れてしまうのも、ある意味仕方がないのかもしれない。

けれど。

がしがしと髪を立てていたワックスを洗い流して、シャンプーを泡立てる。
ふと、腕の傷跡が目に入った。

「…………」


4年前の大侵攻の時、おれは少し、体調が悪かった。

学校には行ったけど結局熱が上がり、早退することになった。
共働きで家にいない両親に代わって、創立記念日で学校が休みだった姉が、習い事を途中で切り上げて迎えに来て、いっしょに自転車で病院に向かっていた。

そして、あの大侵攻が起きたのだ。

後ろから来た近界民はおれたちが乗っていた自転車を吹き飛ばし、おれは壁にたたきつけられた。
その時、飛んできた木の破片が腕に突き刺さった。

泣きわめくおれを助けようとした姉を、近界民が襲おうとした。その時だった。

姉は背負っていた木刀を抜くが早いか、近界民、バムスターの眼にそれを突き刺した。
その一撃で、バムスターは倒れた。

そして、熱と怪我でぐったりしたおれを抱え、こわれた道路を走り、途中で襲ってくる近界民を木刀で蹴散らしながら、逃げたらしい。
らしいというのは、そのとき、ずっとおれの頭を抱えて外の景色を見せないようにしていたから、おれ自身は見ていないためだ。今になって思えば、きっと、人の亡骸がそこここにあったからだろう。

そもそも、12歳の男子児童を抱えて悪路を走るとか、近界民を生身で倒すとか、今考えればとんでもないことを彼女はやってのけたと思う。
どうして倒せたのか、という疑問は、後でボーダーの招集がかかったとき、それが姉のサイドエフェクトだったからだと聞いた。

そして、今でも、近界民を一撃で倒した姉の姿は、おれの脳裏にやきついている。
剣道を今も続けているのに、どうしてガンナーを選択したのかも、おれにはよくわからない。

分かっているのは、ランク戦で姉が、弧月を使いたがらないということだけだった。

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