高校3年生の男子。交通事故に遭って、昏睡状態。
並べてしまえばそれだけのこと。

飲酒運転のトラックにはねられた、という事実だけは小さくニュースになったが、次の日には強盗殺人のニュースに置き換わっていた。
どこかの誰かの不幸なんて、そんなものだろう。

したたか頭を打ったらしく、体は奇跡的に五体満足(それでも骨折箇所は10を超えていた)だったものの、数か月経っても目は覚まさないまま。
無機質なモニターの音がいつも満ちている部屋の中には、誰かが常に花を持ってくる。

俺は三階にあるその部屋を、窓の外からのぞき込んだ。

ベッドには眠っている男。その隣には、ぼさぼさ頭でマスクをした、学ランの男が座っている。男の顔をじっと見つめているようだ。

「――」

学ランは、眠るそいつの名前を呼んだ。
応えることはないというのに、いつも彼はそいつを呼ぶ。何を話すわけでもなく、ただ呼ぶだけ。

この数か月、俺はいつもこの病室に来ては、窓の外から彼らを見ている。たまに、恰幅のいい人のよさそうな男や、口は悪いが可愛い女の子や、小さいけれどしっかり者らしい少年を連れてくることもある。
だけど、「カゲ」と呼ばれるあの男は、ほぼ日参していた。

それだけ、あの男が大事なんだろう。

自分が何者かもわからず、心配されているかもわからず、ただふわふわと漂っている俺からすれば、うらやましいことだ。

「――、……――」

いつも、あいつの名前だけが聞き取れない。
病室に入れば聞けるかもしれないが、どうしてだか、俺は中には入れなかった。

あいつの名前がわかれば、俺は「カゲ」に代わって、あいつを呼んで叩き起こしてやるのに。そうしたら、「カゲ」もその友達も、悲しそうな顔をする必要がなくなるのに。

何も触れない手をぺたりと窓にはりつける。
点滴が刺さっていないほうの手を握り、「カゲ」は細くなった手を自分の額にくっつけた。まるで祈るように。

あれほど思われているのに目をさまさないとは、一体何様なのだろう。

(起きろ、そこのおまえ)

起きるはずもないのに、言わずにはおれない。

(起きろ。いろんな奴が待ってるぞ)

「――、」

泣きそうな声。だけど、「カゲ」は泣かない。
泣いたところであいつが起きないのを、この数か月で身に染みてわかっているから。

それを見るたび、慰めたくて、胸が痛くて仕方なくて。

思われているあいつが羨ましくて。

「――」

(……カゲ)

初めて、名前を呼んだ。

途端、「カゲ」は、勢いよく顔を上げた。目を見開いて、眠る男を凝視している。
何かあったのかと俺もそちらを見るが、相変わらず眠ったままで、モニターにも特に変化は見られない。

「――?」

それでも「カゲ」は、またそいつの名前を呼んだ。
さっきよりも、少しだけ、明るくなったように聞こえた。

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