□一緒にいたかったから
そうこうしているうちに新しい話が始まってしまった。
さて、どうしようか。ここまで阻止されると意地でもポストを見に行きたくなる。
爆豪は目は覚めたようだが、俺を離そうとはしない。まるで抱き枕にでもなったような気分である。
……やるしかない。チャンスは一瞬だ。
それを逃せば、明日の俺は死ぬ。
横目で爆豪を見ると、猿っぽいのがえぐいことをしている電車を食い入るように見ている。
よし、今がチャンスだ。
「……かつき」
爆豪の耳元にそっと口を近づけて、吐息交じりに名前を呼ぶ。
爆豪は途端に顔を真っ赤にして、ばっと俺から手を離した。今だ。
「っ、てめ、待ちやがれみょうじんの野郎!」
「うぐえっ」
しかしそこはさすが、才能マンの爆豪。
まるでハエをたたきつぶすかのような素早さで俺を床にたたきつけた。あと一歩で扉にたどり着けたのに、俺の瞬発力のなさのせいか。
しかし、ここで失敗したとなると、もうこれ詰んだな。
爆豪は俺の肩を掴んでひっくり返して、両手を床に縫い付けた。番組の終わりの曲がやたら空々しく聞こえる。爆豪の頬にはまだやや赤みが残っていた。
「てめー……煽りやがって、覚悟できてんだろうなぁ?」
「いやあ……覚悟ってーか、ダメ元ってーか……」
爆豪の反射神経を考えれば、俺を捕まえることなど容易いだろう。
若干ダメ元だったとはいえ、今思えばバカなことをしでかしたものだ。大人しく爆豪が離してくれるのを待てばよかったのに。
もしかして、自分でも気が付かないうちに期待していたのだろうか。
「明日実技演習あるから、控えめにしてくれると嬉しいんですけど」
「イヤだ」
「だよね……」
爆豪は俺の首を見てすうと目を細め、無駄に並びのいい歯を喉に突き立て、
「ただいまー! なまえ、お友達来てるのー?」
……突き立てようとして、ぴたりと動きを止めた。
「かーさんおかえりー!」
「ちょっ……てめえ!」
一瞬動きが止まった隙を狙い、爆豪の下からすり抜ける。
これもうエッジショットもびっくりな動きだぞ。
すぐさま扉を開けて、玄関で靴を脱いでいる母親に声をかけた。
「下のポスト、なんか入ってなかった?」
「ああ、アマゾンから来てたわよ。なに買ったの?」
「んー、ちょっと」
「なに、はぐらかして。それよりお友達来てるの?」
「うん、録画したの見てた。んじゃねー」
背中にびしばしと痛い視線を感じて、俺は背中に汗をかきながら部屋の扉を閉めた。
買ったのしまうの手伝いなさいよーという母の声を聞きながら、おそるおそる後ろを振り向く。
目の角度が、先ほどより30度くらい吊り上がった爆豪が俺を見ていた。
ぞあっと悪寒を感じながら、俺はそっと目をそらした。現実から。
「……さーて本でも読もうかなー」
「ざっけんなコラ!」
「うわっちょ、ぎゃあああやめろエビぞりやめろ死ぬ!!」
「いっそ死ね!」
キレた母親にぶん殴られるまで、俺と爆豪の戦闘は続くのだった。
「そーいや、なんで爆豪途中から俺の動き超阻止したの」
「あ!? 知らねーよゴミ野郎!」
「うわあ理不尽」
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