曲げられないもの


「君の体育祭出場は認められないことになった」

体育祭の開催を翌日に控えた日、朝早くのこと。
超絶不快な顔と声で、恐れていたことを伝えられた。

「……刑事さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。……もちろん、知っているだろう? 君の父親の脱獄を」

俺の肩に手を置いて、そいつは言う。
それを振り払うと、おどけたように両手を上げた。

だがそれさえ面白がるように、今度は両手が肩に置かれる。俺の顔を覗き込み、囁くようにしゃべり続ける。

「マリオネッターの所在は、残念なことにまだつかめていない。無論総力を挙げてはいるが、まぁ狙いが敵というのがわかっているから、優先度は低い。明日までに捕まえるのはまず不可能だ。
……君の身の安全の確保、そして監視のために、体育祭の出場はやめて、自宅で待機していてもらう」

ああもちろん家の周りに人を置くからなと、ダメ押しのように告げられて、一瞬だけ、何もかも放り出してこの刑事を殴ってやりたくなった。
だけど、それが狙いなのだということは分かっている。
だから手のひらに爪が食い込むほど強く手を握って、自分を正気にした。

冷静になれ。俺の体育祭出場は二の次だ、一番に考えなくてはいけないのは、周囲の安全。
心白と叔父さんと叔母さん、それから、緑谷たちの顔を思い浮かべる。

俺が出場を諦めるだけでいいなら、出場しなきゃ死ぬってわけでもない。
ヒーローになるためには、俺は多分他のみんなよりも時間がかかる。そんなのは目指す前からわかっていたことだ。

「……」
「それとも君があの男を止めるとでも?」
「……いえ」

からかうように尋ねられ、俺は首を振った。

長い道なんだ。

一度くらい、チャンスをふいにしたって。


「おう、おはよう、なまえ!」
「あ、おはよー切島。今日も髪硬そうだね」
「おうよ! これに賭けてっからな!」

どや顔の切島に軽く笑って、自分の席につく。
ちらりと教室を見渡すと、クラスはなんとなく浮足立っているように感じた。そりゃそうか、明日は体育祭だ。気分が上がっていてもおかしくはない。
俺も、朝まではそうだった。

カバンから筆箱とルーズリーフを出して、財布もついでに取り出す。
小さな小銭入れをポケットに入れて、そっと教室を出た。

自販機まで行って、小銭をいれて、特に飲みたいわけでもない水を買って。

入れたばかりなのか、まだぬるいペットボトルが手におさまる。
一口飲んでみたら、思いのほか常温の水は不快だった。

別に喉が渇いていたわけではない。教室にいるのが少し辛かっただけだ。

全部自分で決めたことなのに辛いなんて、甘えているにもほどがある。

「……悔しいなあ……」

来年も再来年もチャンスはある。
雄英のカリキュラムを見れば、体育祭以外にも、自分の実力を示す場はある。今回にこだわったところで、もう決まったことを覆すなんてできない。
受け入れるしかない。

今日を乗り切ればいい。そうしたら明日と明後日は好きなだけ落ち込める。いや、落ち込んでいる暇はない。
みんなが体育祭に出ている間、俺も鍛えていられるだろう。

だから、早く諦めろ、俺。

「あの、なまえくん?」

俯く俺の背中から、男子にしては少し高めのそんな声がした。

ぎくりと肩を揺らし、後ろを振り向く。
心配そうな顔の緑谷が、俺の肩を叩こうとでもしたのか、中途半端に上げた手を携えて立っていた。

「……緑谷」
「どうしたんだろって思って……。なんか、いつもより元気ないみたいだし」

僕でよければ相談に乗るよと、不安げな、それでも優しい顔で緑谷が話しかけてくる。
くりくりとした丸い目が人の良さを表しているようで、少しだけ頼りたくなってしまった。

「……じゃあ、聞いてもらおうかな」
「うん、なんでも言ってよ!」

ぱっと華やいだ顔の緑谷に、俺は先ほどまでの沈んだ顔のまま、口を開いた。

「実は、朝さ……」
「うん」
「妹と、喧嘩してさ」
「……うん?」
「緑谷に言ったことなかったかもだけど、俺今小1の妹がいるんだ。その子……はーちゃんが、体育祭見に来たいって言っててさ。そもそも家族の観戦席ないし、第一、俺ら敵の襲撃受けたばっかじゃん? だからムリなんだって言っても納得してくれなくて、朝それで言い合いになって……しまいには……」

顔を両手で押さえ、肩を震わせる。
指の間から覗くと、緑谷は思っていた内容と違ったのか、やや引き気味で話を聞いている。ごまかせたようだ。

緑谷に何を言おうが、すでに決定されたことが覆るわけじゃない。
相談したって何も変わらない。

だったら何も言う必要はない。

「大嫌いって……言われて……」
「そ、……そう、なんだ……」
「そりゃ俺だって来てほしいけど! 物理的にムリじゃん!」
「えーっと……か、関係者席とか……ダメかな……」
「それではーちゃんが変なプロデューサーの目に留まってアイドルデビューとかなったらどうすんだよ!」
「あ、兄馬鹿……!!」

緑谷の胸倉をつかんで揺さぶる。
これで、きっと大丈夫だ。

俺はヒーローになりたいんだ。そのために。

そのために?

俺は、何がしたいんだっけ。


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