個性:魔性


土曜日の学校の終わり。
今日は珍しく授業が早く終わって、せっかくだからどこか寄り道をして帰ろうと決めた。
ちょうど上鳴と瀬呂も同じ考えだったようで、ついでに爆豪も巻き込み、計4人で帰ることになった。

「どこ行くよ? カラオケ行くか?」
「いやー、カラオケは前エクトプラズム先生と会って気まずかっただろ、やめようぜ」
「ゲーセンでいいだろ」
「お、爆豪ゲーセンか。んじゃゲーセンで決まりな!」

わいわいと話しながら歩いていると、ふとポケットの中の携帯が震えた。
もしやと思って見てみると、やはり想像していた通りの名前が表示されていた。

画像を送信しました、という文言が妙に不気味に感じて、息を呑んでそのメッセージを見てみる。

画面には、自撮りらしき写真が表示されている。

よく知っている人間の顔と、その隣に映る、角の生えた男。仲良く写真を撮りましたという感じじゃない。
というか、鋭利な何かが、知人の首元に突き付けられていた。

メッセージは、これ一文。

「やばくね?」


「やばいのは写真撮ってるお前だこのアホォ!!」

思わず怒鳴ると、前を歩いていた3人が驚いた顔で俺を振り向いた。
だが、今はそれどころじゃない。
向こうの位置情報を確認しながら、俺は詫びの言葉を口にした。

「悪ぃ、今日パス! ちょっと行くとこできた!」
「お、おう……?」
「じゃあまた月曜日!」

地図を見ると、歩くよりも早くマークが移動している。ということは、これはもしや、車だろうか。車に乗せられたのかもしれない。あのアホ。

自分も走りながら、警察に通報する。本当なら俺が捕まえてやりたいが、個性を使うのは厳禁だし、なにより車に追いつけるほど俺の機動力は高くない。

とりあえず無事でいてくれと祈りながら、俺は走り続けた。

そして、数十分後。
俺は警察署で、あほな友人・なまえとようやく対面を果たした。

「なまえ!! お前まず写真を撮る前に通報しろ! 何が『やばくね?』だよ!」
「めんごめんご」
「だからあ!」
「ま、まあまあ……」

反省の色など全く見えないなまえは、無表情のまま手を合わせている。警察の人も苦笑いだが、仕方のないことかもしれない。これが初めてではないからだ。

トラブルメーカーというか、災難体質というか。なまえはとにかくいろいろなことに巻き込まれやすい。
俺がコイツと出会ったのは中学だけど、その時にはすでに、この体質は完成されていた。

道を歩けば不良にぶつかり、民家から植木鉢が降ってくる、マンホールを踏めばそこが回転するし、塀に手を付けばそこだけピンポイントで崩れる。
何かに呪われているんじゃないかと疑うレベルで。

それだけならまだしも、それ以上に問題なことがある。

「これで何度目だよ、誘拐されかけんの!」
「んー、4?くらい?」
「俺が途中で引っ張り出したの含めたらそんなん超えるわ!」
「まあまあ、切島くん。無事だったから、そんなに怒らないで。だけどなまえくん、君ももう少し自衛手段を持たないとダメだよ。防犯ブザーとか、護身術でも習うとか」
「はぁい」

のんびりとした返事を返して、なまえはボタンがとれたシャツを直した。その姿にごくりと生唾を飲み込んで、俺は慌てて上着を貸した。

なまえは、何というか、妙な色っぽさがある。
顔立ちはそれなりに整っているけど、完全に男だし、特別華奢というわけではない。それでもなぜか、痴漢に遭ったり変質者に絡まれたり、そういう関係のトラブルが多い。

そんでもって、それになまえが慣れてしまったというのが、一番怖いところだ。

「帰ろうぜ。送ってってやるから」
「一人でもいいけど」
「それでまた変な奴に会ったらどうすんだよ」
「したらまた切島助けてくれんでしょ」
「たすっ……けるけど、それとこれとは別だっつの! ほら行くぞ」
「はいはい」

警察の人たちに頭を下げてから、なまえの腕を引いて速足で歩く。
人通りの多いところだと、また通りすがりに触られたりとかがあるかもしれないので、なるべく人の少ないところを選んだ。ここからまた電車で、とか考えると頭が痛い。

早く学校が終わった嬉しさもあっさりと消えうせて、もやもやした何かが渦を巻く。

「……なまえ」

隣を歩く友人に声をかけると、口端に婀娜っぽい笑みを浮かべてこちらに視線を流してくる。


「何?」
「何された?」
「あー……」

なまえが考えこむように黙り込んで、少ししてから口を開く。

「キスされたのとー、体触られて、舐められた? 耳だけど」
「…………それで?」
「うがいしたいなあ。あと、あいつ汗かいてて気持ち悪かったから、シャワー浴びたい」
「…………」

腕を掴む手に力が入る。それをやんわり外させて、なまえは俺の指を自分の指とを絡めた。
俺の手だって汗をかいていて気持ち悪いだろうに。

体がぐっと近づいて、毒みたいな声が耳に流れ込む。

「切島もさあ、走って疲れたんだろ。俺の家のほうが近いよ、ここからなら」

ここまでくるともう、確信犯なんかじゃないかとすら思う。


なまえの家は、日中ほとんど家族がいない。
だから俺はよくなまえの家にお邪魔して、一緒にゲームしたり、受験の時期は勉強したりしていた。

いつからか、それだけじゃなくなった。

なまえの部屋に通されて、水音が聞こえてくる中、携帯をいじる。
上鳴からラインが来ていたので、急に帰ってしまったことを改めて詫びた。俺がいない状態で爆豪の相手は大変だっただろう。

また今度遊びに行こう、と返したところで、部屋の扉が開く。

「切島ぁ」
「……お前体ちゃんと拭けって。あと服着ろ」

扉から入って来たのは、パンツしか履いていない、髪も拭いていない状態のなまえ。
メッセージを受信した音が聞こえたけど、そちらに割く余裕はなかった。

なまえはベッドに陣取っていた俺の膝の上に乗りあげると、首に腕を回してくる。

付き合っているわけではない、と思う。明確な告白の言葉を口にした覚えはないし、言われたこともない。

責任を取るべきだと思ってそれとなく話しても、のらりくらりとかわされてしまう。

「あいつのさ、手の感触が消えないんだよね。すごい気持ち悪い」

俺の腕をとると、なまえがそれを自分の首に触れさせる。
しっとりした吸い付くような肌に、重怠い熱がたまった。

「どこ触られたんだよ」
「首。なんか首フェチだったぽくて、結構しつこめに」

首の筋、鎖骨にかけてを、指と手のひらで触る。
なまえの膝が足の間に入ってきて息が詰まった。

「それからー……胸? 男の胸とか触って何が楽しいんだろうね。切島はどう思う?」

触らせておいて何を、とは言えなかった。
確かに女子なら、例えば八百万みたいに大きければ、触るというか揉む楽しみもあるだろうが。いや、クラスの仲間を引き合いに出すなど、男のすることではない。

「ん、……で、腰。そっからズボン脱がされそうになってー、警察の人来た」
「……他はねーのかよ」
「されてないよ。だからそれで終わり」

痴漢に触られた部分を、俺が上から触りなおす。
気味悪そうに触られた部分をこすっていたなまえを見て、俺から提案したこと。いつの間にか味を占めたのか、それを楽しむような素振りさえ見せ始めたのはいつだったか。

足の間をぐりぐりと押されて、思わず腰が引ける。
諫めるようになまえのことを睨むと、向こうは楽しそうな笑みを浮かべた。

「それで終わっていいなら、だけど」
「……あー、クッソ……!」

触るだけで終わったことなんて、数えるまでもないくらいなのに。


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