壊すな壊すな


基本的に、雄英体育祭では、参加種目は直前まで発表されない。

より苦難を与えるという方針の学校だし、ヒーローになったとしたら事件は自分じゃ選べない。
だから、何が来てもいいように備えておくのみ。

「これから体育祭までの二週間は、基本的に準備の時間になる」

体育祭の実施が発表された翌日のHRで、相澤先生が包帯まみれのままそう言った。
どよめく教室内を一睨みで黙らせると、言葉を続ける。

「一限目から四限目は通常授業、午後は早く帰ろうが残ろうが自由だ。完全下校は九時に延長、学内の施設は自由に使って構わねえ」
「USJとかも使っていいんすか?」

上鳴が手を挙げると、相澤先生は頷いた。
学食や図書館は通常の時間で閉まるようだが、USJは九時まで開いているらしい。といっても帰る時間を考えたらそのあたりで帰らなければならないが。

俺もできたら最後まで残りたいが、夕飯を作る時間を入れるとそうもいかない。
一応作り置きして、あとは温めるだけだが、電子レンジと火の元は心白には使わないよう言っている。
いつもより一時間、いや一時間半くらいなら長く残れるだろうか。

「伝達事項は以上だ。時間は有限、無駄にするようなら除籍にする。じゃ」

言うだけ言って、先生が去っていく。
入れ替わりに一限目の先生が入室してきて、すぐに授業が始まった。

もっとも全員が、与えられた訓練時間をどう過ごそうか考えていただろうと思うが。


「なまえくん、訓練時間どうするの?」

通常授業を上の空のまま終えて、昼食を慌てて掻っ込んで、急いで体育着に着替えて。

着替えるためにシャツのボタンを外していたところで、後ろから緑谷に話しかけられた。
シャツを脱いでから、ノートの切れ端をぺらりと目の前に差し出してみせる。
授業中にこっそり考えていた、二週間の訓練メニューだ。

緑谷の大きな目が上から下まで動く。

「一応これの通りにやろうかと思って」
「やっぱり、ちゃんと考えたんだ! ……あれ、腕立てとかはやらないの?」

メモをベンチに置きながら頷きを返す。

「うん。俺あんま遅くまで残れないから、基礎系は家かな。緑谷は?」
「僕は逆に基礎系がメインだよ。まだ体そんなにできてないから」
「あー。大変だよな、増強系」

緑谷は童顔に似合わず、俺よりもがっちりとした筋肉をしている。
しかしながら、あのバカ力の前ではそれでもまだ足りないらしい。確かに使うごとに腕や足を壊していちゃ、持久戦は土台無理か。

着替えながら、メニューについて緑谷と話していたら、爆豪と話していた切島が話に入って来た。

「なあなまえ、お前そういや肉弾戦苦手なんだよな?」
「そうなのかい? まァ確かに、なまえくんにはぬいぐるみがあるが……」

すでに着替え終えて、生真面目に訓練メニューを考えていた飯田も加わった。こちらを見る目には純粋に心配だけが浮かんでいる。良い奴らだなと思う反面、少し疑問にも思う。

体育祭ではもちろん、お互いがヒーローとして活動するようになればライバルになるのに、「肉弾戦に持ち込んで勝とう」ではなく、「肉弾戦に持ち込まれたら大丈夫かな」という考えの彼らは確かにヒーロー向きだと思う。

緑谷も心配そうにこちらを見ていた。

「殴ったり蹴ったりの威力が弱いってことだよ。目つぶしとかなら多分爆豪相手でもできるよ」
「させねえわクソが!! 調子乗ってんじゃねえぞ人形野郎!」
「おっと」

大股で近づいてきた爆豪が俺の上着を掴む。
血管がブチ切れそうな爆豪に引き寄せられて、メンチを切られる。額が大きな音を立ててぶつかった。痛い。

それまで和気あいあい、とまではいかないものの穏やかだった更衣室が、一気に静まり返る。飯田がやめたまえ!と声を上げているが、それで爆豪が止まるはずもない。

「なんだよ」
「戦闘訓練の時といいUSJん時といい、テメーは気に食わねえ。体育祭で合法的にぶっ殺してやっから覚悟しやがれ!」
「嫌われたなあ」

思わず渇いた笑い声を立てると、爆豪は一層ムカついたような顔をした。
緊迫した空気の中、爆豪が再び怒鳴ろうとする。

口が開かれ、怒号が飛び出す前に、自分の指を爆豪の目に突きつける。おそらく視界が俺の指先で埋まっているだろう彼は、息を呑んで動きを止めた。

「ほら、できるだろ」

指を少し動かして、爆豪の額にデコピンしてやる。
そりゃ肉弾戦は爆豪の足元にも及ばないだろう。しかし、俺だって鍛えている。苦手なら補う戦い方はいくらでもある。
……ヒーローらしからぬ戦い方、というのは、まあ認めるが。

「からかったのは悪かったよ。けど、お前が本気で来てくれるなら望むところだ」

俺も正直爆豪のことは好きじゃない。殺すだのなんだの、ヒーロー志望のくせに敵みたいなところが特に。
だけど、クラスで一、二を争うほどの逸材なのは俺でもわかる。

だからこそ、もしこいつを下せたら、それだけ印象が強く残るだろう。

「なまえく、」
「訓練の時みたいなストップはしないからさ」

上にあがりゃ関係ねえ、だろ。

昨日の終礼後、1−Aの教室前には大勢の生徒が押し寄せた。
それは単に見物だったり観察だったり、そして宣戦布告だったり。どちらにせよ、敵意と好奇の光は隠れていなかった。少し怖じた空気の、その中で爆豪が言い放った言葉だ

爆豪の手を振り払ってそれを口にすれば、それまでつりあがっていた目が少し下がる。
それと引き換えに口元には不敵な笑みが浮かび、彼はくるりと踵を返した。

ぽかんとした顔のクラスメイトをよそに、爆豪はすたすたと更衣室を出ていく。俺も乱れた上着を直して、一向に戻ってこない彼らのために手を叩く。
破裂音ではっとした緑谷たちに告げた。

「着替え終わったんなら早くバス行こうよ。このままじゃ女子の中に爆豪一人っていう面白い事態になる」

それはそれで見てみたい気もするが、そこは峰田が許さない。
音速かよとツッコミを入れたくなるほどの速度で性欲の権化が立ち去り、一人二人と出ていく。

訓練メニューを書いた紙を拾って立ち上がると、緑谷と飯田が待っていた。

「ごめん、行こうか」
「ああ。……しかし、爆豪くんにも困ったものだな! あれではまるで敵だ!」
「色んな方面から言われてるよなー、それ」
「かっちゃんは昔からああだから……」

ああ、でもやっぱり、緑谷や飯田とも戦ってみたいな。

今までの学校生活を思い出しても類を見ないくらい、俺は体育祭に浮かれていた。


『速報です。本日午後7時ごろ、刑務所から一人の敵が脱獄しました……』

その日の夜、そんなニュースが駆け巡るとは、夢にも思わず。

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