燃えろ体育祭


翌日は臨時休校となった。

俺は警察に呼び出されることを一応覚悟していたのだが、意外なことに連絡はなく、ゆっくりと疲れを癒すことができた。

事件のあらましを伝えられた叔父さんと叔母さんはそれはそれは心配してくれたが、ひとまず俺は何事もなかったことを伝えた。泊まりに行こうかとも提案されたものの、数日なので断った。
もし万が一、また敵が大挙して押し寄せてくるようなことがあれば、心白だけ止めさせてもらうことにして、翌々日には学校に行った。

ちなみに、心白には何も言っていない。
その方がいいだろうし。


「皆お早う」
「相澤先生復帰はええ!!」

そして、骨折損傷後遺症と、あれだけ不穏な言葉に囲まれていた相澤先生は、登校日には早くも復活していた。
包帯でぐるぐる巻き、顔さえも見えないくらい包帯まみれというのに、たった二日でもう教壇に復帰するとは。さすがのプロである。

さすがに戦闘には出られないだろうが、杖もなしに歩ける程度には回復したらしい。
少しよろけながら教壇に立つ先生に、さっそく飯田が声をかける。

「先生無事だったのですね!!」
「無事言うんかなぁ、アレ……」

その言葉が少しずれている気がしなくもないが、まあ無事でよかったことだ。
しかし、相澤先生はそんなクラスの空気を鬱陶しがるように口を開く。

「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねえ」

不穏な言葉を口にする彼に、クラス中がざわつく。
ただ俺は、ああそういえば、叔母さんが電話で言っていたなととあることを思いだした。
雄英での一大イベントだ。

まだ敵が、とわめいている峰田を華麗に無視して、相澤先生は宣言した。

「雄英体育祭が迫ってる」

一瞬水を打ったように静かになったクラスが、次の瞬間、歓声をあげた。

個性というものが目覚めて以来、それまで世界一のスポーツの祭典と言われていたオリンピックはすでに形骸化した。
それに代わると言われているのが雄英体育祭、学校どころか日本のビッグイベントとまで言われている。

イベントとしてもそうだが、雄英生としては、プロヒーローからのスカウトという大切な目標がある。
それの開催まで、だいたい2週間くらいか。

「開催することで、雄英の危機管理体制が盤石だと示す……って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ」

敵ごときで中止していい催しじゃねえと、随分と強気な発言が飛び出す。相澤先生がマスコミ嫌いなのは、こういう発言の言葉尻を捕らえて、あることないことを書きたてるからだろうなとか推測してみる。

まあ何にせよ、プロヒーローを目指すなら足掛かりとして決して外せないイベントだ。
なにせ、ここで将来の所属事務所が決まる可能性も大きいのだから。

当然、俺も気合十分で挑むつもりである。個性を十分使いこなしている様と、地の身体能力の高さを見せなければ。
USJでは切島に肉弾戦が苦手と言ったものの、あの入試をかいくぐる程度の動きはできるのである。

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が、経験値も話題性も高くなる。時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に一回、計三回だけのチャンス、ヒーロー志すなら、絶対に外せないイベントだ」

そんな言葉を残し、HRは終了した。
その後すぐに先生が入ってきて、1時限目の授業が始まる。教科書を開きながら、俺は静かに燃えていた。

なにせ俺にとっては、父親の事件以来着せられ続けた、不名誉な称号を脱ぎ捨てることができる機会なのだから。


「なまえくん、お昼行こうよ」
「んー、ちょっと待って」

誘いに来た緑谷(おとといあれだけの重傷だったのに、もう普通に歩いているから怖い。リカバリーガール恐るべし)にそう返して、財布をポケットに入れる。
椅子から立ち上がると、緑谷は盛り上がる切島たちの方向を見てぽけっとしていた。

「どうかした?」
「いや、みんなすごいノリノリだなあと思ってさ」
「君は違うのか?」

近くにいた飯田が緑谷に尋ねる。いつもの昼飯メンツである。

確かに飯田の言う通り、緑谷はそこまでテンションが上がってもいなさそうだ。
オールマイトに憧れてヒーローを目指しているらしいし、こういうイベントにも力を込めていそうだと思っていたが。

「ヒーローになるため在籍しているのだから、燃えるのは当然だろう!?」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね、変」

飯田ほどではないにしろ、燃えてもおかしくはないのではないか。
腕を大仰に動かす飯田を指さしながら、緑谷に尋ねてみる。

「こういう系興味ない? 学級委員もあっさり飯田に渡しちゃってたしさ」
「いや、そんなことはないよ! 僕だってヒーローになりたいし、そりゃ燃えてるけど……でも何か……」

口ごもる緑谷の言葉を待っていると、ふらりと寄って来た麗日が俺たちの名前を呼んだ。しかし、その声がいつもより低い。
不思議に思っていたら、俯いていた顔がこちらを向いた。

「頑張ろうね、体育祭」

「麗日!?」
「顔がアレだよ麗日さん!?」

眉間に深くしわが寄り、目が据わっている。
心白が見たら確実に泣くだろう顔に驚愕を隠せずにいると、ただならぬ様子を見てほかのクラスメイトも寄って来た。

「どうした? 全然うららかじゃないよ、麗日」

芦戸が尋ねるも、彼女の顔は変わらない。

テンションはいつも通りなのだが、いかんせん顔がやばい。私頑張る、とガッツポーズを披露する麗日の顔を、そっと写真に撮っておいた。あとで送ってやろう。

麗日の顔が若干うららかになったところで、食堂に向かうことにした。

その道すがら、麗日がヒーローを目指す理由を尋ねたところ、いわば「お金のため」らしい。無論純粋に金が欲しいわけではない。

「建設ねー。確かに建設向きの個性とかあるもんな」
「そう! セメントス先生みたいなんとか、あと上鳴くんみたいに電気系の個性の人とかいると、ほんとコストもかからずできちゃうから」

あんまり言わない方がいいんだけど、と浮かない顔で話してくれたのは、麗日の実家の事情。
建設業を営んでいるらしいのだが、このご時世、建設向きの個性はいくらでもいる。その中で、なかなか厳しい状況に追い込まれているのだという。

「麗日さんの個性もそうだよね。許可取ればクレーンとかのコストかかんないし」
「でしょ!? それ昔父に言ったんだよ! ……でも……」

麗日の表情から察するに、父親は頷かなかったらしい。
手伝ってくれるというのなら素直に手伝わせてやればいいのに、と思うが、それはご家庭の方針と言おうか。
うちの父親は、喜んで手伝わせようとしたけれど。

ぎゅ、とスカートを握りしめ、決意を新たにしたような顔で、麗日は言う。

「私は絶対ヒーローになって、お父さんとお母さんに楽させたげるんだ」

その顔を見て、なぜだか彼女が羨ましくなってしまった。

ブラーボ―とよくわからない賛辞を贈る飯田に合わせ、小さく拍手する。
羨ましい理由は、まだ俺にはわからなかった。


「もうすぐゆーえいたいいく祭だね! こはくちゃんのおにいちゃんも出るんでしょ?」
「うん! ぜったい優勝するんだって、きのうからトレーニング増やしてたよ」
「そっかー。じゃあマイもこはくちゃんのおにいちゃん応援するね!」
「ありがと、ぜったい、おにいちゃんが勝つんだ!」
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