根は深く広がる


飯田の声に振り返ると、ゲート付近にはずらりと並んだ教師陣がうっすら見えた。どうやら応援が間に合ったようだ。

たくさんのプロヒーローを見て、やけでも起こしたのか、今まで倒れていた敵たちがそちらに攻撃を仕掛ける。しかし、簡単にあしらわれている。

こちらまで来てオールマイトに向け発砲する敵は、俺がヘビの尻尾で薙ぎ払った。

「あーあ、来ちゃったな」

ゲームオーバーだ、とふざけたことをぼやく死柄木に、かっと頭が熱くなる。

深く考える余裕もはぎとられ、ヘビを死柄木にけしかけた。
片手の指を引くと、ヘビの首回りに垂れていたタテガミが針のように尖り、死柄木と黒霧を狙う。

迫るヘビを見て、しかし奴らに慌てた様子はない。
死柄木は落ち着いた様子で腹心の名前を呼んだ。

「黒霧」

呼びかけとともに大きく開いたゲートが、ヘビの頭を捕まえて一気に閉じる。ギロチンの要領で首が切り落とされ、手ごたえがなくなった。
さらに、首をなくした体に死柄木が手を触れさせると、触れたところから、ぼろぼろとぬいぐるみが崩れていく。そういう個性だったか。

「くそ!」

「やはりか……。よもや、あの男の子供がヒーロー志望だとはな」

黒霧が愉しそうに言う。

俺はこいつを知らないが、こいつの口ぶりからすると、俺の存在自体は知っていたようだ。

だからどうしたという話だが。

ヘビの操作をやめ、まだ次のぬいぐるみがと手を伸ばしかける間にも、死柄木はさっさと黒霧の個性で逃げようとしている。

しかし、それを阻止するかのように、再び銃声。
それは死柄木の四肢を撃ち抜いた。

たまらず倒れ込む死柄木を、黒霧のモヤが囲む。

「なまえ、下がれ!」
「うわっ」

切島に引っ張られ、よろけながらいつの間にか前に出ていた体が後ろに引き戻された。

何をするのかと文句を垂れるその前に、周囲の風が広場へと集まっていく。
主犯格二人を吸い込もうとしている、13号先生の個性だと気が付くまでに時間はかからなかった。

しかし、やはり少し遅かったのか、黒霧は死柄木の体を覆いつくしてしまった。

死柄木は血走った眼をオールマイトに向けたまま、黒い中に溶けていく。

「今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」

そんな不気味な宣言を残して。


主犯格が消えてすぐ、教師たちはUSJ中を手分けして探し、散り散りになった生徒たちを保護した。大怪我を負ったのはオールマイトに相澤先生、13号先生の3人、それから両足と手の指をバキバキにした緑谷1人。
それ以外は大体皆かすり傷で、せいぜいが尾白の火傷くらい。なんとたった1人で火災ゾーンに放り込まれていたらしい。

「とりあえず生徒らは教室へ戻ってもらおう。すぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」
「刑事さん、相澤先生は……」

教室に促す、帽子をかぶった刑事に蛙吹が尋ねる。

相澤、の言葉に、それまで自分たちが誰と戦っていたかを話していたクラス中がしんとした。

彼は黙って携帯を取り出し、どこかへと電話する。
ほどなくして、スピーカーにされた携帯がこちらに向けられた。

骨折だの損傷だのと、物騒な言葉を垂れ流すそれを聞き流しながら、周囲を見渡す。幸いなことに、あの粘着刑事はいないようだった。それだけは喜ばしいが、どうせまたぐちぐちと言ってくるに決まっている。今のうちに言い訳を考えておくか。

緑谷とオールマイトは保健室で間に合うとのことで、それにも安堵した。

「なまえくん、教室へ戻ろう! 一列に並んで!」
「飯田……」

小学生じゃあるまいし、とツッコミを入れたくなったが、それは飲み込む。
代わりに、飯田の後ろについて歩き出した。
なんだかもう、疲れてしまって、何も考えられなかった。


◇ ◆ ◇ ◆


気が付いたときには、最近見慣れてしまった保健室にいて。
僕もオールマイトもボロボロだったけれど、どうにか生きて戻ってこられたことにほっとした。

そして、ほっとしたところで、ずっと気になっていたことが再び頭をもたげる。その確信さえ、今日の出来事で得られてしまった。

「あの、す、すみません、いいですか」

オールマイトと塚内さんに、控えめに声をかける。

この疑問を聞くのは今しかないと思ったから。
初めての戦闘訓練の時のこと、それから今日、あの黒いモヤが言っていた言葉。そして、あの個性。

二人は不思議そうな顔で僕を見ている。だから思い切って、口を開いた。

「なまえくんの、ことなんですけど」

笑顔で、一緒に帰ろうと声をかけてくれた彼の顔がよみがえる。
一番最初、体力テストで顔を見た時、どこか既視感があった。

オールマイトは少し気まずそうな顔をして、塚内さんは事情を呑み込めない、という顔でこちらを見ている。だけどたぶん、次の言葉で、彼もわかってしまうだろう。
おそらく、なまえくんも知られたくないだろうことを。

「なまえくんは、もしかして、……数年前にオールマイトが捕まえた、『マリオネッター』の血縁なんじゃないですか?」

僕が口にした名前に、塚内さんは朴訥な顔をこわばらせた。

「彼が……そうなのか、オールマイト?」
「……緑谷少年の言うとおりだ。なまえ少年は、マリオネッターの息子だ」

しばしの沈黙の後で、オールマイトが認め、やっぱりかと僕は納得する。

一番は顔立ちだ。とてもよく似ている。
だからああして前髪を長くして隠しているんだろう、コスチュームもマスクを着けているし。そして個性はマリオネッターのそれだし、人殺しは身内だけで十分というあの言葉。

僕はオールマイトの大ファンで、だからこそ、彼のかかわった事件はすべて覚えている。
無論、マリオネッターのことも。

当時はものすごく話題になっていた。全盛期のオールマイトと拮抗した戦闘を見せたこと、人を殺した手口が非常に残忍だったこと。
そして、犯行現場に自分の子供を連れて行って、殺害の様子を見せていたこと。

色んな意味で規格外の男が殺したのはいずれも敵や裏社会の人間で、同族殺しと大きく新聞の一面に載っていた。

その息子が、なまえくん。

考え込んだ僕に、オールマイトが再び声をなげかける。

「だが緑谷少年、一つ言っておく。なまえ少年は何も悪くないんだ。悪いのはあくまでマリオネッターで、彼ではない」
「はい! それは、わかってます」

オールマイトの力強い言葉に、僕は頷いた。

確かに驚きはあるけれど、ヒーローを目指しているということは、彼もまたきっと、オールマイトに憧れたんだろう。
自分を救けてくれたオールマイトに。

隠しているということは触れられたくないのだろうから、僕から言うことはしない。
いつか、彼が話してくれるまで。

そんな決意をしている僕の目に、何か考え込んでいるらしい彼らの顔は映っていなかった。



「そうか。マリオネッターの息子がいたか。彼もまあ、なかなかいい男だよ」
「まだ未熟ではありますが、父親同様の個性を持っているようです。なぜ雄英にいるのかはわかりかねますが」
「ふむ……。そうだな。もう少し、彼のことを知りたいな」
「と言うと?」
「ひとつ、頼まれてくれるかい」
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