在りし日の、


背筋がぞくりと冷たくなり、同時に熱くなる。

死柄木が一歩後ろに引き、俺もまた思わず後ろに下がった。駆け出したオールマイトの拳と、迎え撃つ脳無の拳。
大きさで言えば脳無のほうが大きくて、まるで大人と子供の手のようだった。

だが、威力はほぼ同じ。さっきとは比べ物にならない爆風が発生して、立っていられなくなる。

「ぶわっ!」
「緑谷!」

バランスを崩し、浮き上がった緑谷を蛇の頭でキャッチする。心白製の蛇はなぜかタテガミが備わっているおかげで柔らかく受け止められた。
だが、風のせいで後ろへ下がってしまうので、仕方なく俺たちの背後に太い胴体をわたし、滑り止めにした。切島と轟がぼむんと音を立ててぶつかる。

風よけにはしなかった。ただ、オールマイトの戦いが見たかったから。
それはきっと、その場にいた全員が同じ気持ちだっただろう。

「ショック吸収って、さっき自分で言ってたじゃんか」

風で浮き上がった死柄木が、体をひねって着地しながら嘲笑う。
だが、オールマイトは気にも留めない。

「『無効』でなく『吸収』ならば! 限度があるんじゃないか!? 私対策!? 私の100%を耐えるなら!! さらに上からねじ伏せよう!!」

目で追いきれないほどのスピードで、オールマイトの拳が脳無に打ち込まれる。脳無も同じく拳を打つが、どちらが速いか、効いているかなんて一目瞭然だった。

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」

脳無の巨体が持ち上がる。
オールマイトは言葉通り、そのさらに上に跳ぶと脳無の腕をつかんでぐるぐると振り回した。地面になげつけられ、激突した脳無は動けない。

振動で浮き上がりかけた体を、蛇につかまることでどうにかおさえる。まるで台風だと、脳無を翻弄するオールマイトを見て思った。

「敵よ、こんな言葉を知ってるか!?」

ひときわ大きく掲げられた拳が、脳無の胴体に叩き込まれた。

「Plus Ultra!」

ドーム状の天井を突き抜け、そのまた奥の雲もかき消して。
映画かよと言ってしまいたくなるほど豪快に、脳無は空の彼方に消えていった。

衝撃の余韻だけが残る中、切島もまた、呆然とした様子で漫画かよ、と呟く。

「ショック吸収をないことにしちまった……究極の脳筋だぜ」
「デタラメな力だ……。……再生もまにあわねえ程のラッシュってことか……」

真正面からの殴り合い。やっていることはただそれだけで、小細工も何もない。

それだけなのに、これほどに遠い。
プロの世界が。

そして、このバカげた威力に笑って立ち向かって、拮抗した勝負さえ見せた父親が。
自分がいかに思いあがっていたか、まざまざと見せつけられた気がした。

「やはり衰えた」

土煙の中から、オールマイトの声がする。

「全盛期なら、5発も撃てば十分だったろうに。300発以上も撃ってしまった」

笑顔のまま、彼はそこに立っていた。

あれだけの死闘を繰り広げた直後とはとてもじゃないが思えない。

確認するように、オールマイトがこちらを振り向く。ただ固まることしかできない俺を見てか、彼は言い聞かせるように「大丈夫だ」と再び口を動かした。

途端、とある記憶が頭をよぎった。


『なまえ? なまえー?』

カウンターの上に座らされた俺は、ただ動けなかった。

怖いとか恐ろしいとか、そういう感情じゃなくて、ただ信じられなかった。

腕や足、首をおかしな方向にひねられて、または上半身と下半身をちぎられて、幾人かの男女が倒れている。生きていないのは明らかで、初めて目にする死体に、恐怖の感情も凍ってしまっていた。

『なまえ、どうした? 具合でも悪い?』
『……お、とうさん、なんで、』
『んー? なんだろうね、この子は。よしよし、こっちおいで』

そう言って、父親は俺を抱き上げた。

彼は体温が高くて、抱っこされても頭を撫でられても、手を繋いでも、いつも眠くなってしまう。いつも通り暖かいからだが気持ち悪くて、だけど吐くことさえできなかった。

『大丈夫だよ。なまえのことは守ってあげるからね』

うそつき。
結局最後までは、守ってくれなかったじゃないか。

だいじょうぶだよという言葉が、大嫌いになった。


「なまえ!」
「っ!」

思い切り肩を引かれ、嫌な思い出から引き戻される。
一度ゆっくり瞬きをして、名前を呼んだらしい切島のほうを向いた。相変わらず握力が強くて、腕が痛い。痛いのは腕だけか。

「おい、平気か? ぼーっとしてたけど……」
「……ごめん、オールマイトが凄すぎてぴよってた」
「気持ちはわかるけどよ。ここは退こうぜ、俺らにできるこたぁもうなさそうだ」
「了解」

息を吐いて吸って、蛇を元の大きさに戻し、ベルトにつける。
心臓がどくどくと、大きく脈打っていた。

オールマイトが立ちふさがっているから、死柄木も黒霧もやってこない。今のうちに他の連中を助けに行こうと、切島と轟、ついでに爆豪が足を向けようとする。

俺も倣おうとして、一人立ち止まったままなのに気が付いた。

「緑谷」

轟が名前を呼ぶが、緑谷はその場に根でも生えたように動かない。
ぶつぶつと小声で何かを呟いているが、鮮明には聞こえない。

「僕だけが……知ってるんだ……」

腕を引っ張ってやろうと、手を伸ばしたその時だった。

「何より、脳無の仇だ」

死柄木と黒霧が、オールマイトに向かっていく。
主犯格はオールマイトが、と切島の言っていたとおり、どうにかするだろう。脳無に比べれば、さほど手ごわい相手でもなさそうだし。
それなのに、なぜか緑谷が消えていた。

「は!?」
「な……緑谷!?」

切島の驚いた声に顔を上げると、緑谷の姿はすでに小さく、オールマイトと敵の間に飛び出していた。たった一回の跳躍で、数十メートルを飛んだというのだろうか。
足が変に折れ曲がっている。まさか、また折れたのか。

空中じゃ、何よりあの足じゃ、攻撃が当たってもかわせない。
死柄木は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに黒霧の体の中に腕を突っ込んだ。

緑谷の顔のすぐそばに現れた死柄木の手が、緑谷に伸びる。
まるでスローモーションのように、ぼろぼろの爪が触れようとした。本能的な危険を感じ、視界がモノクロになる。

それを切り裂いたのは、一つの銃弾。

死柄木の手を貫いた銃弾は、その衝撃で手の軌道をそらした。緑谷に間一髪で手は触れることなく、腕を振りきれなかった緑谷はべしゃんと地面に倒れ込む。

「来たか!!」

オールマイトが嬉しそうに言った直後、遠くからも響く飯田の声が聞こえた。

「1−Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!」

身体に張り詰めていた力が、ふっと抜けていった。



「ねえおとうさん、ぼく、大人になったらおとうさんみたいになりたい!」
「……僕みたいに?」
「うん! だって強くてかっこいいもん!」
「そっか。じゃあ、僕が鍛えてあげるよ」
「ほんと!?」
「ああ。なまえがもっと大きくなったら、僕の秘密も教えてあげるからね」
「やった! 約束だよ、おとうさん!」
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