倒れるなんて許されない


脳無が走り出した。

まっすぐと爆豪のほうへ向かっている、ということだけは辛うじてわかったが、速すぎて目しか追いつかない。脳無が腕を振りかぶり、その瞬間とんでもない爆風があたりに吹き付ける。緑谷が後ろに尻もちをついた。

俯けていた顔を上げると、腕をふりきった脳無、自由になった黒霧が目に映る。

爆豪の姿は見えず、代わりに壁から煙が立ち上っている。煙の向こうに広がる赤く染まった爆豪を想像して、俺はマスクの下で顔をゆがめた。またあの嫌な光景を見てしまうのか。

「かっちゃん!!」

緑谷も煙の方向を見て、絶望的な声をあげる。だが、自分の隣に座り込んでいる爆豪の姿を認めると、やや裏返った「かっちゃん!?」の声を披露した。
いつの間にここまで。

「避っ、避けたの!? すごい……!」
「違えよ黙れカス」

随分な言いぐさをしながらも、爆豪の目は土煙に包まれた壁をとらえて離さない。無意識で黙れカス、まで言っていたとしたら相当性格が悪いななんて、わかりきったことを考えてしまうくらいには、俺も混乱していた。

土煙が晴れる。

傍目に見ても相当なダメージを負ったオールマイトが、防御の姿勢のまま、壊れた壁を背に立っていた。
ただのパンチ一発で、オールマイトにあそこまでのダメージを与えるのか、あの脳無という奴は。

「……加減を知らんのか……」

血を吐きながら、オールマイトの口がそう動いた。内臓にも相当なダメージがあるのだろう。平和の象徴のそんな姿を見るのは当たり前だが初めてで、敵を撃退する、あわよくば自分の手で、なんて思っていた頭がどんどん冷えていく。

オールマイトが負けるかもしれない、という可能性がここにきてようやく染みてきて、敵たちのあの不可思議な自信にも納得できた。

「俺はなオールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まる、この世の中に!」

死柄木が空々しくそんな言葉を口にする。

「何が平和の象徴! 所詮抑圧の為の暴力装置だお前は! 暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」

その演説は全く耳に入らなかったが、俺も怒りたかった。

何を負けそうになってるんだ、オールマイト。

お前は平和の象徴だろ。
平和を守るために戦ってるんだろ。
平和のために、父さんを捕まえたんだろ。

そんな理屈を振りかざしながら、ベルトのぬいぐるみに手を伸ばす。

今なら、死柄木に届くかもしれない。個性が何だかわからないが、すぐ首を絞めるなり折るなりして殺してしまえばいい。
平和の象徴は、折れてはならない。
たかが数人の敵に膝をつくようなヒーローに、父さんは捕まらない。

「めちゃくちゃだな」

オールマイトの声が、突き刺すように耳に届く。さほど大きい声ではないはずなのに、どうしてか彼の声はよく通る。俺に向けられた言葉ではないとわかっているのに、その声で正気に戻った。伸びていた手から、だらりと力が抜ける。

「そういう思想犯の眼は、静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ、嘘吐きめ」

「バレるの、早」

面白がるような死柄木の声を聞き、緑谷と爆豪が立ち上がる。
俺も背を伸ばして、敵たちを睨んだ。

「3対6だ。……ぬいぐるみ含めりゃ、それ以上か」
「広場だし、俺も結構動けるよ」
「モヤの弱点は、かっちゃんが暴いた……!」
「とんでもねえ奴らだが、俺らでオールマイトのサポートすりゃ……撃退できる!」

切島が力強く言い、硬化させた拳をぶつけあわせる。
俺以外は全員戦闘向きの個性だし、脳無さえ押さえてしまえば、黒霧と死柄木はオールマイトがどうにでもできる。

「ダメだ、逃げなさい!」

だが、やる気満々の俺たちを遮ったのは、他ならないオールマイトだった。

「……さっきのは俺がサポート入らなけりゃやばかったでしょう」
「オールマイト、血……! それに、時間だってないはずじゃ……!」

納得できないらしい轟と緑谷が食い下がる。緑谷の言う時間、の意味が分からなかったが、今はそれどころじゃない。

ベルトからヘビを取り出して大きくさせる。
胴体が丸太ほどに太くなったヘビがうねり、鎌首をもたげた。

「なまえ少年!」
「俺は別に、ぬいぐるみがやられても死にませんし。見るからに強がってるあなたに逃げろなんて言われても」
「毒舌だな! だが、下がっているんだ! 死なないというのなら、その個性でみんなを守ってあげてくれ!」
「…………」
「大丈夫!」

何が大丈夫なのか。
大丈夫というのは、嘘つきの言葉だ。

俺のひねくれた考えを察したように、オールマイトは構える。

「プロの本気を見ていなさい!」

あっけにとられる俺たちの向こうで、死柄木が黒霧と脳無に指示を出している。

「脳無、黒霧、やれ。俺は子供をあしらう」
「待ってください、死柄木弔。あの子供の個性は、」
「どうでもいい。とっとと、クリアして帰ろう!」

何事かを言いかけた黒霧を無視して、死柄木が走ってこちらに向かってくる。速さはそれほどでもない。だが、個性がわからない。
俺たち5人に加えたこの大蛇を、あしらえるほどの個性なのか。

「おい来てる、やるっきゃねえって!」

切島の言葉に押されるように、蛇の頭が死柄木に向かっていく。
死柄木のぼろぼろの手と、蛇がぶつかるその直前。

殺気かと思うほどのすさまじい気迫がオールマイトからあふれ出した。



「心白ちゃん、おにいちゃんと二人ですんでるの?」
「そうだよ?」
「パパとママは? さびしくない?」
「んーん。パパとママはね、よく来てくれるし、お兄ちゃんやさしいから、さびしくないよ」
「そっかぁ。マイ、心白ちゃんのおにいちゃん会ってみたいな。こんどあそびに行ってもいい?」
「うん! いっしょにあそぼ!」
「やった! やくそくだからね!」
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