邂逅、敵


俺のぬいぐるみの大半は心白のお手製だけど、一つだけ、心白が作ったものではないぬいぐるみがある。

「倒壊ゾーン、伊達じゃないなー。動かしづらいったら、よっと」
「う、おっ、危ね!」

大きさは実に5mの、クマのぬいぐるみ。
その左手に切島、右手に爆豪、頭に俺が乗っかって、現在倒壊ゾーンを横断中だ。

崩れかけた建物ばかりが乱立するゾーンは、一歩間違えばコンクリートの下敷きである。クマをでかくしていようが、足をとられれば終わりだ。

切島たちに言った「こっちのほうが早い」というのは、人の足だと回り道をしなければいけないところを、大きなクマの歩幅で中央広場まで突っ切っていこう、ということ。爆豪は不満げだったが、先ほどから爆音の響く中央広場は気になっていたらしい。
案外すんなりと乗ってくれた。

「なまえ、そっから向こう見えるか?」
「んー……。よくは見えない」

切島に聞かれ、マスクを上にあげて目を細めてみたが、中央広場は土煙が上がっているのは見えてもそれ以上はぼんやりしている。
諦めてマスクを元に戻し、再びクマを歩かせることに注力する。

じっとクマを見つめていた切島が、不思議そうに話しかけてきた。

「なぁ、このぬいぐるみだけ、なんていうか……普通、だよな?」
「……まぁ、確かにな」
「ん、ああ」

俺のぬいぐるみというとほぼすべてが心白の手作りなので、例えば耳が4つあるウサギだったり、ミジンコみたいなクマだったり、毛の生えたヘビだったりする。

だけど、このクマだけは一見してクマと分かる。
継ぎがあたって、布もだいぶ色あせているけど、ほつれはどこにもない。

「これだけ母親が作ったやつなんだよ」

そう短く答えて、がれきを飛び越える。

大きく揺れたが、さすがというか爆豪も切島もバランスは崩さなかった。中央広場まではもう少し。先ほどから、爆発音がおさまっているのが不気味だ。
いまだ土煙は晴れていない。

倒壊ゾーンをようやく抜けて、ようやく平地を走り出す。クマの足には母の趣味で肉球が付いているから、体躯のわりには足音が静かである。さほど警戒されずに近づくことができる、が。

「オールマイトォ!!!」

視界が晴れかけたそのとき、中央広場から緑谷の声がとどろいた。

煙の合間からわずかに見えるのは、あの黒いモヤ。
その隣には、体中に手をつけた男。確か黒霧と、死柄木弔だったか。

気付かれるのを覚悟で速度を上げると、右手から爆豪の声が聞こえた。

「おい人形!」
「やめろその呼び方! 何!」
「投げろ!」

納得できない呼び名に噛みつくと、爆豪は籠手のついた手を構え、黒霧のほうをにらんでいた。投げろ、そうか。

「オッケー、投げるぞ!」

一旦その場に立ち止まり、右手を引く。
爆豪の目は楽しそうに(この表現もどうかと思うが)つりあがっていた。細かな軌道修正は自分でやってもらうとして。

腕をひき、思い切り振りかぶって爆豪を投げつけると、爆豪は自分が発射される瞬間に爆破して、飛躍的に速度を上げていた。緑谷が体力測定の時に使ったのと似ている。
靄を切り裂きながら爆豪は飛び、ベストのタイミングで黒霧を爆破した。

「どけ邪魔だ、デク!!」

そんな吼え声が聞こえてきて、思わず口の端が上がってしまった。

「なんやかんや、爆豪と緑谷って刺激しあってるよね」
「だな。なまえ、俺も投げてくれ! 死柄木ってヤツのほうに!」
「了解、っと!」

さっきと同じ要領で、切島も投げる。少しバランスを崩したのか、ぐるんと一回転してから切島が死柄木にとびかかる。

こちらはあえなくかわされてしまったが、死柄木一人を孤立させるのに成功はしたようだ。

クマを元に戻し、再びベルトに装着してから俺も走って合流する。

「緑谷! ……と、轟?」
「なまえくん! 無事でよかった!」

涙目の緑谷に軽く手を振り、その隣に無表情で立っている轟にも目を移す。
足元からは氷が伸びていて、その氷結で黒い肌の巨漢、脳無を取り押さえているようだ。

そしてその近くに、脇腹から血を流したオールマイトが膝をついている。どいつにやられたのか知らないが、少なくとも彼に手傷を負わせられる相手ではあるということか。
ぼそぼそとした声が俺の思考を遮る。

「出入り口を押さえられた……こりゃあピンチだな……」

死柄木弔、というらしい、20代くらいの男。ひたすら不気味ないでたちだが、細身な体躯はとても強そうに見えに。

それなのに、なぜだろうか。声や雰囲気に、どうしても怖気だつのは。

怪しい動きをしたらすぐ爆破すると、ヒーローらしからぬ脅迫をしている爆豪を横目に、どうやったらこいつを捕まえられるかと頭を回す。黒霧はワープ、脳無は見た目からして怪力か。死柄木の個性はなんだろう。

「脳無」

思考を切り裂くように、再び死柄木の声がする。

「爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ」

その言葉に、ワープゲートで上半身と下半身に分かたれていた脳無は凍った体を靄から引き抜いた。
案の定、凍結された体がバラバラと割れていく。

手と足を失ったのにもかかわらず、脳無はまだ動いた。

「身体が割れてるのに……動いてる……!?」
「痛みを感じてないのか、あれ?」

「皆下がれ! なんだ!? ショック吸収の個性じゃないのか!?」

膝をついていたオールマイトは素早く立ち上がり、俺たちの動きを手で制した。それをあざ笑うかのように死柄木は再びぼそぼそとした声で告げる。

「別にそれだけとは言ってないだろう。これは超再生だな。脳無はおまえの100%にも耐えられるように改造された、超高性能サンドバッグ人間さ」

その言葉通り、脳無の腕と足はどんどん回復していく。
筋肉が膨れ上がり、黒い皮膚で覆われ、破れたズボン以外は元通りになった。ぎょろぎょろと獲物を探して動く目が、ひたりとどこかに固まる。

単純に、怖いと思った。



「心白ちゃんの個性って、おにんぎょうがうごかせるんでしょ?」
「うん、そう」
「じゃあ、おにんぎょう以外は? たとえばわたしとか、わんちゃんとか!」
「うーん……やったことない……。お兄ちゃんがおにんぎょうしか使わないから」
「そうなんだ……ね、今度やってみようよ。そしたら体育のときとかおもしろいかも!」
「そうだね! 轟せんせいにばれないようにしないと」
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