不穏な予感


「敵んん!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

誰かが叫んだ。
そりゃそうだとは思うけど、高校生がわかることを大の大人がわからないとは考えにくい。承知の上で乗りこんできたということは、少なからず勝算があるということだ。

「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……。なんにせよセンサーが反応しねえなら、向こうにそういうことできる個性がいるってことだな」

轟が冷静に分析する。センサーを反応させない個性というと、電波系統か。

思い出したくないけど、何かの役に立つかもしれない。父親とともに行ったとある店のことを記憶の中から洗い出して、そういえば、と思い出した。

「通信妨害……?」

そういえば、あの場所にはそういうやつがいたはずだ。
電子ロックや監視カメラなんかを使用不可にできるという、電気系の個性が。さっきから知っている顔のやつが靄の中からちらほら出てくるのもあわさって、もしかしたらそいつかもしれないという思いが膨れ上がる。

だけど俺の知っているやつは、高級マンションなんかに忍び込んで、金品を盗むっていうケチな空き巣しかやっていないやつだった。間違っても、雄英に忍び込もうなんてたいそうなことを考える人間じゃない。
第一、俺の想像した人間だという確証もない。

確実性のない情報を口にしていいものか迷っている間に、相澤先生はゴーグルを装着し、13号先生に避難を開始するよう指示した。上鳴にも個性を使うよう促していると、緑谷が慌てて先生に言う。

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃ、いくら個性を消すっていっても!」

イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、と緑谷が心配そうに相澤先生に言う。

それにつられるように、クラスの中に不安が広がっていった。緑谷はなまじ分析力が優れているから、抱える不安も大きいだろう。

だが相澤先生は、それを一蹴した。

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

任せたぞ、と一言13号先生に言いおいて、相澤先生が長い階段を飛び降りていく。

それを迎え撃つように構えた3人の敵を、あっというまに捕縛武器で捕まえると、それぞれの頭をぶつけ合わせた。その手並みの鮮やかなこと。
わずか数秒で終わってしまった。

布で敵を捕まえる、とは聞いていたけど、まさかこれほどとは。

「すごい……多対一こそ、先生の得意分野だったんだ」
「って見てる暇ないから、緑谷!」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!」

立ち止まって戦闘を見ている緑谷を引っ張り、出口へと向かう。ちらりと戦い続ける相澤先生を見て、レベルが違うと再確認した。さすが、プロヒーローだ。

だが、出口まであと少し、というところで、先ほどの黒い靄が立ちふさがる。

「させませんよ」

退路をふさがれ、全員が立ち止まった。一瞬の間で、いったいどうやって。

俺たちの戸惑いはなんのそので、靄から聞こえる男の声が続ける。

「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度、ヒーローの巣窟・雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

一瞬、何を言っているかわからなかった。

オールマイトに、息絶えていただく。
本気で言っているのか、こいつらは。あの男を殺すだなんて。

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更があったのでしょうか?」

靄はそんなことを言って、周囲を見渡すようなしぐさを見せた。いるはずって、なんでカリキュラムが割れてるんだよ。お前らがそういうことをしたら、

また、俺が疑われるじゃないか。

ベルトのぬいぐるみに手を伸ばし、ごちゃごちゃとしゃべっている靄に向けて投げつける。一気に3mほどの大きさになったウサギのぬいぐるみ。狙うは服らしきものが見える部分。
一旦地面に降り立ち、すぐにワンバウンドして体当たりさせた。

両サイドから飛んできた切島と爆豪が、同じく靄へと挑んでいく。だが、俺にも切島たちにも、手ごたえはなかった。
大きく空ぶったウサギは、靄の背後から再び機会を狙う。

「その前に俺たちにやられることは、考えてなかったか!?」

切島が吠える。
しかし、依然として靄は余裕の表情(顔見えないけど)を崩さなかった。

「危ない危ない……。そう、生徒とはいえ、優秀な金の卵」

「! ダメだ、どきなさい二人とも!」

13号先生の言葉が聞こえるが早いか、靄は大きく揺らめいて、俺たちを囲んだ。

「散らして、嬲り殺す」

散らす。
そうか、やっぱりワープの個性を持っているのか。だとしたら、この靄につかまるのは非常にまずい。

黒い中に取り込まれそうになったのを、前に跳んで逃げる。黒い靄はまだ俺たちの前にいた。

「んの……!」

本体を触ることができれば、靄の動きを止めることができる。靄の合間に見える白い服をめがけ、13号先生の肩を飛び越えて、靄の中へ手を伸ばした。
黄色く光る目が、眼前で面白そうに歪む。ぞくりと背筋が粟立った。

「人形を操る、その個性。とある敵に似ている」

「!」

伸ばした手が、止まった。

「一手、遅かったようですね」

靄はすでに、俺の体にまとわりついていた。



「心白ちゃん、きょうわたしの家遊びにこない? たくみくんとここちゃんと、ぐりざいゆくんもくるよ!」
「行く! ……でも、ぐりざいゆくんってだれ?」
「えっとね、隣のクラスの子だよ。パパがヒーローなんだって!」
「! ……おにいちゃんだって、すごいヒーローになるもん……」
「うん、いっぱいヒーローのお話しきけたらいいね!」
「うん!」
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