嵐の前の静けさ


「おはよー、なまえくん!」
「麗日、おはよ。昨日はありがとな」

月曜日、教室に行く途中で麗日と出会った。
麗日はなんていうか、歩いてくる音が「たったかたー」な気がする。なんでだろう。

話題はもちろん、昨日のことに流れていく。

「ほんとに、あの刑事さんなんなんだろうね! いきなりなまえくんのこと連れて行こうとしてさー」

頬を膨らませて、自分のことのように怒る麗日。人がいいというか、会ってまだ日も浅いのに、ここまで親身になれる彼女が心配にすらなってしまう。
同情させる手口の詐欺にひっかかってしまったりしないだろうか。

「中学ん時、ちょっとね。その名残」
「名残るものなん?」
「うん。それより、麗日が選んでくれた服、はーちゃんがものすごく気に入ったみたいでさ。今日さっそく学校に着てったよ」
「はーちゃんが!?」

心白の名前を出すと、途端に彼女の顔が明るくなる。

心白は家に帰ってからも、ずっと麗日に選んでもらった服を嬉しそうに眺めていた。明日絶対着てく、と言い張ったので、帰ってすぐ服を洗濯したほどである。

その様子の写真を見せると、麗日はすっと真顔になり、俺のほうを向いた。

「妹ほしい」
「やらん」
「なんなのもー! はーちゃんめちゃカワイイやん! 今度また一緒に服選びいかせて、お義兄さん!」
「いいけどはーちゃんはやんないからな、俺の妹なんだから」

そんな会話をしながら、教室へと入る。さて、今日のヒーロー基礎学は何をやるのかな。


「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト。そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

午後0時50分、相澤先生はクラスの前でそう発表した。
もう一人って、誰だろう。プレゼント・マイクくらいしか印象がないんだが。

テープが出る個性を持つ瀬呂が手をあげ、授業の内容を質問すると、相澤先生は「RESCUE」と書かれたプレートをこちらにかざす。どうでもいいけど、それ教師全員持ってるのか?

「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ」

人命救助訓練。ヒーローとしては本質ともいえることだ。
そういえば、合格通知が来たとき、オールマイトが俺の個性を「鍛えれば戦闘にも災害救助にも役に立つ」とか言っていたが、どうなんだろうか。ぬいぐるみじゃ水場には不利だし、災害って言ったって、瓦礫をどけるくらいしかできないし。

あんまり身を入れなくてもいいかな、となんとなく考えていたところで、コスチュームの入ったロッカーが動き出す。

「今回コスチュームの着用は各自の判断でかまわない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく、以上準備開始」

相澤先生はそう言うと、さっさと教室を出て行った。生徒たちはぞろぞろとロッカーへと流れていき、みんな手に手にコスチュームを取っている。
各自の判断とはいえ、大っぴらにコスチュームを着られる機会はまだないから、みんな着るみたいだ。

別に体育着でもいいけど、俺もせっかくだから着ておこう。マスクは壊れてしまったが、予備としていくつかあったのでそのうちの一つを使うことにした。

更衣室で制服からコスチュームに着替えていると、一人だけ体育着に着替えている緑谷が目に入った。不思議に思って声をかける。

「緑谷、コスチュームは?」
「ああ、えっと、戦闘訓練でボロボロになっちゃったから。修理に出したんだ」
「あ、そうか。なんかごめんな。止められればよかったんだけど」
「ううん、いいよ。授業だったし、僕も……なんていうか、よかったなって思うし」

緑谷はそう言って、照れくさそうに笑った。

それを聞いた爆豪が盛大に舌打ちをして、すぐ体を震わせていたが。この二人の関係性もよくわからないな。爆豪の性格がクソなのはなんとなくわかったけど。

しかし、修繕か。どこかに手を加えられて返ってくる、に100円懸けようかな。サポート会社の人は叔母さんタイプが多いと聞いたし。
彼のコスチュームがあまりひどいことにならないよう祈りつつ、ループタイをしめた。

ぞろぞろと着替え終わった生徒たちがバス乗り場に集まり、これから行く訓練場に思いをはせている。訓練場は雄英が独自に持っているものか、それとも借りているのか。
何にせよ、雄英の莫大な資金はいったいどこから出ているのだろう。

「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順で二列に並ぼう!」

飯田が張り切って笛を吹き、いつもと同じく妙な手の動きを披露している。
飯田くんフルスロットル、という緑谷のつぶやきに、俺は思わず噴き出した。非常口飯田に続き、フルスロットル飯田か、いいな。

しかし、そんな彼の努力もむなしく、バスの座席はベンチのように向かい合わせた部分と、普通の座席の部分とが混じったものだった。

「こういうタイプだったか、くそう!」
「イミなかったなー」

悔しがる飯田と、けらけら笑う芦戸の声をBGMに、俺はベルトからウサギのぬいぐるみを一つ取り外した。戦闘訓練の際、どうも破けてしまったようだ。
翼が焦げた白鳥はすぐに直したが、こっちは気づかなかった。さっき着替えていてようやく気付いたのである。

叔母さんはぬいぐるみの修理も視野に入れてくれていたらしく、簡易の裁縫道具が入った小さいケースが、ふともものベルトに備わっていた。ありがたくそれを使い、一度糸を取って、軽くしつけ縫いをしてから縫い始める。

もくもくと作業を続けていると、隣から視線が注がれているのに気が付く。退屈そうに目を閉じていた轟は、目を開いてじっと俺の手元を見つめていた。

「なに?」
「それ、何の動物だ?」
「ウサギだよ」
「うさぎ……」

いぶかしげな顔をしている轟。言いたいことはなんとなくわかる。
そしてやはり、俺が思っていたとおりの言葉を轟は口にした。

「ウサギって、耳2つじゃねえか?」
「……4つあればそれだけよく聞こえるんだよ」

まあどこが耳なのかが曖昧なところだが。心白は数が増える=強い、と考えている節があるから、俺の持っているぬいぐるみは手足の数が多いものがほとんどだったりする。

また黙って手を動かしていると、再び轟が尋ねてきた。

「お前、そういえばぬいぐるみ使ってたな。ウサギだと音がよく聞こえるのか?」
「や、全然聞こえない。表面が凹めば指でわかるけど、別にぬいぐるみと五感を共有するわけじゃないしね」
「じゃあ戦闘訓練の時とかは、どうやって動かしてたんだ?」
「何もう、めっちゃ食いつくな。あんなん間取り覚えてるだけだよ」

興味があるのかないのか、無表情で聞いてくる轟に苦笑しながらそう答える。
空間把握力に関してはそこそこの自信がある。個性の影響か、周囲よりも抜きんでていたように思う。
しかしそれだけと言ってしまえばそうなので、使いこなすに至るまでは結構大変だった。

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

ふと前の席から聞こえてきた会話に、隣の張本人でなく俺のほうが顔を上げた。
轟は興味もなさそうに再び目を閉じ、爆豪に至っては「ケッ」という一言のみ。

しかし蛙吹が油を注いだ。

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!」
「ホラ」

さらりと爆豪をいじり、怒鳴られてもたいして動じない蛙吹。
冷静である。

「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげえよ」
「てめえのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!」
「まあ性格だけで言うなら轟が圧勝しそうだよね」

上鳴に続くようにぼそりと呟いてみたら、爆豪は目を吊り上げながら俺を振り向いた。再び怒鳴ろうとした彼の顔に、直しおえたウサギを叩きつける。
俺まだ戦闘訓練の時の独断行動許したわけじゃないからな。

「てめモガッ」
「うっさいでーす。クソ煮込みくんは黙っててくださーい」

4つの耳で、洗濯バサミのように爆豪の口を閉じさせ、再び別のぬいぐるみの修繕に取り掛かる。
隣で轟が、そうやって使うのかとズレた納得をしていた。
違うけどもう、それでいいよ。
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