お買い物と因縁・1


雄英は土曜日も6限までの授業があって、基本的に全休なのは日曜日だけだ。
最初の濃い一週間が終わり、日曜日がやってきた。

「はーちゃん」
「ん?」

名前を呼ぶと、洗い終わった朝食の皿をぬいぐるみを使って元の場所に戻していた心白が、こちらを振り向く。
寝ぐせのせいか、前髪が少しだけ浮いていた。

「今日、お友達と遊んだりとかある?」
「ううん、ないよ」
「じゃあ、一緒に買い物行く?」

お散歩がてらにね、と続けると、みるみるうちに心白の顔が明るくなっていく。

忙しいのと疲れとで、最近ほとんど心白と過ごしていない。土曜日だって授業があるから、昨日は半日一人にさせてしまったし。

彼女はこくこくと何度もうなずいて、スキップしそうな勢いで自分の部屋へとかけていった。お出かけ用の服を選びに行ったんだろう。ふきんをハンガーにひっかけて、俺もエプロンを取る。

さて、心白の服、どこで調達しようか。


心白の前髪はどういうことか全く元に戻らなかった。
なんど水をつけても、くしで梳かしても浮いてしまうため、編み込みとピンでごまかした。

つば広の帽子をかぶせ、叔母さん手製のぬいぐるみカバン(おそらくクマだと思う)を肩から下げて、いざ出発。
俺も今日は髪を結んで帽子をかぶった。

「きょうどこ行くのっ?」
「はーちゃんの服と……布とかいるよね?」
「うん! あとね、お目めのボタンと、ししゅう糸!」
「そかそか。んじゃ駅まで行こうか。あそこの百貨店、手芸のもあるし」
「うん!」

心白は久しぶりに一緒に出かけるのが嬉しいのか、つないだ手をぶんぶん振り回しながら元気よく歩く。道を掃いていたおばさんが、ほほえましそうに俺たちを見た。
学校であった出来事の話や、欲しい布の話などをしながら、通りに出たころだった。

「あれ、なまえくん? なまえくんだ!」

すれ違いざま、後ろから誰かに名前を呼ばれ、びっくりしてその場に立ち止まり、振り返る。

こちらに手を振り、立ち止まっている人。
心白は見覚えがないからか俺の後ろに隠れ、俺はほっとして同じく手を振り返した。休憩スペースがあるあたりにそっとよけて、彼女に話しかける。

「麗日、おはよ。お出かけ中?」
「おはよー。そうなの、おもち安くてね! ひとり1袋っていうのがしょっぱいんやけどねー」
「もち1袋って結構あるじゃん」
「甘いよ! 主食にしちゃうともうぜんぜん足らんもん」

力んだポーズで話すのは麗日。
今日は雄英のかっちりした制服ではなく、シャツにスカートっぽい短パンというカジュアルな恰好。

たぶん短パンじゃなくて言い方があるんだろうけど、俺には短パンにしか見えない。

砂糖醤油おいしいよ、と力説する彼女は、ふと俺の陰に隠れる姿に気が付いた。

「なまえくん、その子は?」
「ん? あ、忘れてた。ほらはーちゃん、挨拶」
「う……」

腕を引いて前に出すと、心白は帽子を目深にかぶり、俺の足にしがみついた。

それでも頭をぽんぽんと叩いて勇気づけると、ようやく帽子をとって、不安そうにしながら麗日を見上げる。
その様子を見た麗日が、口元を手で押さえた。

「か、かわっ……! 迷子!?」
「いや妹。はーちゃん」
「え、と……。ゆびおかでこうじ、こはくです。はじめまして……」

最後はしりすぼみになって、再び帽子をかぶってしまったが、その行動が麗日のツボだったらしい。はわわ、と謎の言語を発しながら、心白の前にしゃがみ込む。

そして、あのうららかな笑顔を浮かべて、麗日も自己紹介した。

「私、麗日お茶子! お兄ちゃんのお友達だよ、よろしくね!」
「おともだち……お兄ちゃんの?」
「うん! 心白ちゃん、お兄ちゃんとお出かけ? よかったね!」
「う、うん!」

人懐こい笑顔に心を許したのか、心白はにぱっと花が咲いたように微笑む。
麗日はすっとまじめな顔になって、俺のほうを向いた。

「お義兄さん」
「今義兄のほうのお義兄さんだったろ。やらんぞ」
「だって! かわいい! 心白ちゃんめっちゃかわいい! 妹欲しいー!」
「残念でしたー、はーちゃんは俺の妹ですー」
「はーちゃん! はーちゃんって呼び方かわいいなぁ、私もそう呼んでいい?」
「うん! えっと……お茶子お姉ちゃん!」
「義妹ルート待ったなしやな」
「俺が止めるけどね?」

どうやら、心白は麗日に懐いたようだ。
まぁ、うん。いい奴だしな。ざっくり行くけど。

お姉ちゃんと呼ばれてメロメロになっている麗日と、年上の友達ができてうれしそうな心白。二人を見ていて、はたと思いついた。

「麗日、そうだ。今からもち買いに行くの?」
「? ううん、タイムセールまでまだ時間あるし、どっかで時間つぶしてこ思って。どしたん? お義兄さん」
「義兄じゃねえわ。俺ももち1袋買ってそれ麗日にあげるからさ、ちょっと付き合ってくんない?」

男の俺じゃ、どうにもならないことがあるのです。


「なるほどなあ、はーちゃんの服かぁ」
「そ」

心白は俺の手を離れ、今は麗日と手を繋いでいる。悔しいが負けるものか。

三人でやってきたのは、百貨店の子供服売り場。
目的はもちろん、心白の服だ。

俺は服なんて着られればいいやという質で、人に誇れるほどセンスがいいわけでもない。叔父は小さい子供の服なんてわからないし、叔母はセンスが時折死んでいる。心白もまた同じく。

「でも、私でいいのかな? そこまでセンスいいってわけでもないし」
「俺や叔母さんよりはずっと良いよ。1着選んでくれたら、あとはその系統を俺が選ぶし。時間はとらせないから」
「ううん、選ぶのは全然いいよ! はーちゃんのこと着せ替え人形にする!」
「いきなりごめんな。あとで何かおごるわ」

麗日は大丈夫大丈夫、と明るく笑い、服を選んでいる心白の背中をほほえましそうに見た。
最近の子供服はしゃれているのが多い。値段もそこそこだけど、いつも節約しているぶん、ここで使わせてもらおう。
叔母たちに言えば、そのぶんのお金をもらえることは分かっているけど。

「お茶子お姉ちゃん、これ!」
「お、どれどれ……え……と……」
「はーちゃん、マグロの切り身模様はもう家にあるじゃん」
「あるん!? ちょ、え、えーと……こっちは!?」

本当ごめんな麗日。

ふわふわした素材のスカートやら、リボンがついたワンピース、レースがついた襟のトレーナー。
麗日はハンガーごと服を心白にあてては、楽しそうにコーディネートしていく。
マグロの切り身やリアルなカマキリ柄なんかを持ってくる心白も楽しそうだけど、麗日が見繕ってくれた服を気に入ったのか、最終的にはそちらをカゴに入れていた。

1時間ほどそうして、カゴがだいぶ重たくなった頃、心白と麗日は満足げに終わりを告げた。
子供服売り場から出て、休憩スペースでひとまず足を休める。

「ありがとな。結局全部選んでもらっちゃって」
「ええよー。私も楽しかった! ね、はーちゃん」
「うん!」
「めっちゃ仲良くなってるし。麗日、そういえばタイムセールは?」
「まだけっこう時間あるんだよね。つぎなまえくんの服選ぶ?」
「俺のはいいよ。んじゃ、どこかで一息入れようか」
「お兄ちゃん、布もかわなきゃ」
「布?」

心白の言葉に、麗日が首をかしげる。
そうだった、布も必要だった。

「ぬいぐるみ作るための布だよ。なら」

布が売っているところはどこだったかな、と案内板を探した瞬間、絹を裂くような悲鳴がどこからか聞こえた。
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