ただそれだけを抱いて


爆豪はぽかんとした顔のまま、細かく動く瞳孔をこちらに向けている。
あまりにも反応がなくて、俺は思わずその前で手を振った。

「…………」
「爆豪?」
「……ってめ、ざけんなよ! んな嫌がらせに誰が乗るかこのモブが!」
「おおっと」

爆豪の手から黒い煙が立ち上ったので、素早くその手を取った。
大げさなくらいに彼の肩が跳ねたが、爆発はしない。ヒーローの活動認可もないまま個性で俺を傷つけた、となれば、雄英進学が取り消されることもありうるからだ。ヒーロー科だからこそ、そういうことにとても厳しい。
みみっちい爆豪らしく、そこはちゃんと考えたらしい。

「んの……離せ!」
「あ」

仕方なく爆破はせずに手を振り払い、俺から距離をとって、爆豪は青筋をたてて怒鳴る。

「中学でいじられた分、ここで返そうってか? そうだよなあ、お前のお気に入りのデクがあんだけ俺にぶっ飛ばされたんだからなあ!」
「いや、緑谷は関係ないよ」
「だったら他に何があんだ! 俺を好きだとか、ホモかてめーは! ……気持ちわりーんだよ!」

今にも襲い掛かってきそうな爆豪は、手のひらの爆破を俺に見せつける。
今更それくらいのものには慣れてしまって、見せられたところでどうってことはない。

だけどやっぱり、その言葉は刺さった。

笑顔を崩さないよう努めて、一歩前に足を踏み出す。バカみたいに強い個性を持っているくせに、没個性の俺が近づいただけで、爆豪は一歩後ろに下がった。

「気持ち悪いよなあ。ごめんごめん」
「ったりめーだろうが! 俺はホモじゃねえ! 男と付き合いてえなら、デクとでもくっついてろ!」
「だからなんで緑谷? なんだかんだ、爆豪って緑谷のこと意識してるよね」

道端の石ッコロだと豪語するのであれば、それらしく扱えばいいのに。

すたすたと足を進めると、その分爆豪は後ろに下がる。オールマイトを超えるトップヒーローを目指すなら、このくらいで退いちゃダメなんじゃないの。

「別にいい返事もらえるとは思ってなかったし、それでいいよ。爆豪」

再び腕を掴み、吐息がかかるほど近くで目を合わせる。本当に今日はらしくない。いつも自信にあふれている爆豪が、こんなにおどおどしているなんて。

今日のことを覚えていたら、俺なんかに怯えたといってまた気にするかもしれない。
だからきれいさっぱり、忘れてもらわなければ。

「ばいばい、お前のこと好きだったよ」

俺の個性は「忘却」。
俺の任意の記憶、わずか1分程度を忘れさせることができる。ヒーローになりたいなんて、とてもじゃないけど言えない個性だ。

爆豪の目の焦点が一瞬合わなくなったのを見計らい、隠し持っていた小さいハサミで第二ボタンの糸を切る。
ボタンをポケットにしまいこみ、糸が切れたように座り込んだ爆豪を壁に寄り掛からせる。あと十秒もすれば起きるはずだ。

彼に背を向け、足早にその場を立ち去る。
送別会に行って帰ったら、荷物をまとめなければ。近所に挨拶して、緑谷に借りていたものを返して。そうだ、オールマイトの限定筆箱を買い逃したと言っていたから、餞別に俺のをあげよう。

もうここに戻って来るつもりはない。
忘れさせたと言っても、何かの拍子で思い出してしまうことは十分あり得るのだ。俺の個性はそんな強力じゃない。

俺がいなければ、きっと爆豪は思い出さないだろう。それでいい。

始まることもなく終わることもなかったこの恋は、俺がずっと持っていくから。
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