いいぞガンバレ飯田くん・2


『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外に避難してください』

ぽかんとするもの、急いで出口に向かうもの、慌てふためくもの。
反応はそれぞれだが、セキュリティ3が突破、という言葉に、食堂にいた生徒たち全員が不安そうな顔をしている。

「セキュリティ3って何ですか?」

飯田が近くにいた3年生に尋ねると、飯田の手に注目しつつも慌てた様子で教えてくれた。

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ! 3年間でこんなの初めてだ、君らも早く! あとなんだその手!」

「侵入……!?」

その言葉に、さあっと血の気が引く心地がした。

父親が捕まり、母親と二人暮らしになったころ。
あいつが殺した裏社会の人間、それに近しい人間たちが、何度も家にやってきた。理由はただ一つ、報復のために。

息を殺して部屋の中で震えていた記憶、母親の悲鳴がよみがえって、体が固まる。

もうほとんどの人間が出口に殺到しているというのに、俺だけ、その場に根が生えたように動けない。

侵入。
もし、俺の居場所を突き止めた、報復目当ての人間だったらどうしよう。誰かが殺されたら。そして、それが俺のせいだって思われたら。
そうしたら、雄英にいられなくなる。ヒーローを目指すことも難しくなる。どうしようどうしようどうしよう。

そればかりが頭をめぐり、立ち尽くす俺の腕を、誰かが引っ張った。
とたんに我に返って、腕を掴んだ主を見る。

俺より幾分背の低いそばかす顔が、こちらを心配そうに見つめていた。

「み、どりや、」
「なまえくん、大丈夫? 行こう!」

「……う、ん」

黒山の人だかりに、緑谷とともに突っ込む。最後尾で、麗日と飯田が待っていてくれた。

「大丈夫!? また具合悪なった!?」
「歩くのがつらいなら背負うぞ! 平気か!?」
「や、平気……ちょっとめまいしただけ。ありがと、みんな」
「無理しないでね。……どわ!」

緑谷がひとごみに流されて、まだ掴まれたままだった俺も引きずられるように流された。背の低い緑谷が埋もれないよう、今度は俺が彼の腕を掴んで引き寄せる。

「大丈夫か?」
「あ、ありあとぅ……」
「しっかりしろ緑谷!」

へろへろにつぶれた緑谷を抱え、どうにか息がつけそうな場所を探すが、どこもそんな様子はない。
倒れた人を起こそうとしたり、出口を目指して一目散だったり。上鳴と切島が落ち着くよう呼び掛けているが、生徒たちが耳を貸す様子はない。

というか、セキュリティを突破してきたのは、一体何なんだ。俺が思うような人間たちだったら、本当にこんなことをしている場合じゃないのに。

恐怖を通り越し、イライラが募りだしたその時、突然、周囲から一つ飛び出たものがあった。
筋肉質の大きな体がふわりと浮いている。

「飯田!?」
「え!? なに、どうしたの!?」
「飯田が浮いてる!」

滞空したまま、飯田はズボンを上げふくらはぎを出すと、勢いよくエンジンを吹かせた。そこでようやく、浮かせたのが麗日だと気が付いた。

「ぬおおおお!」
「飯田くん!?」

今度は緑谷にも見えたようで、ぐるぐると回転しながら飯田は前へ進み、やがて壁にぶちあたる。EXITと書かれた看板の上に立つその姿は、まるで。

「皆さん、」

大きく息を吸い込み、飯田が声を上げた。

「大丈ー夫!!」

喧騒をかき消す大声に、食堂はしんと静まり返る。
飯田はパイプを片手で掴んで、うまくバランスが取れないのか足をがくがく震わせながら、さらに続ける。

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません、大丈ー夫! ここは雄英!! 最高峰の人間にふさわしい対応をとりましょう!」

その言葉に、パニックを起こしていた生徒たちは落ち着きを取り戻し、ぎゅうぎゅうになっていた出口は徐々にゆとりができていく。

やがてサイレンが聞こえてきて、警察が来たことを知った生徒たちは、ぞろぞろと自分が座っていた席まで戻っていった。
ようやく息がつけるようになって、緑谷が大きく深呼吸した。

「はあ、つぶされるかと思っちゃったよ。ありがと、なまえくん」
「あ、うん。……こっちこそ、ありがとな」
「? えっと、なにが?」
「ほら、引っ張ってくれたじゃん、俺のこと」

今まで俺たちが座っていた席の方向を指さすと、ああ、と思い出したように緑谷がうなずいた。
そして、俺たちの目は、流れるようにEXITの上へ。

なおも、足をガクガクさせながら立っている飯田がいる。

「……非常口みたいだね」

ぽつんと緑谷がつぶやいた言葉に、俺の腹筋が崩壊した。

「ふっ……くっくっく……!」

「なまえくん!?」
「非常口って……非常口って……あはははは!」

隣の緑谷の肩をバシバシ叩いて笑う
。駄目だ、めっちゃ我慢してたもん。緑色のアイツを思い出してめちゃくちゃ吹き出しそうだったのに、でも言わなかったのに。

緑谷がまた冷静に言うものだから、もう限界だった。

しかも、俺が心配してたような奴は来てなくて、ただのマスコミだし。
そりゃそうだ、俺一人狙いに雄英に来るなんてヤツ、もういるわけがないのに。アホみたいな心配をした自分さえおかしくて、笑いが止まらない。

「なまえくん!! 笑いすぎだぞ!!」
「だって非常口だもんお前! けっこう非常口だもん! ふっはははは!」
「なまえくん、そこまで……ぷふっ」
「緑谷くん!?」

俺はげらげら笑いながら、数分前の出来事を思い出していた。

緑谷は、たぶんわざわざ戻ってきて、それから俺の腕を引っ張った。
皆自分のことで手いっぱいで、しかも緑谷は、俺の意味深な言葉を聞いている。俺の素性に気が付いているかもしれない。
それなのに、救けに来てくれた。

救けてもらったのって、いつぶりだったかな。

学級委員長、確かに、緑谷にふさわしいかもしれないな。


「ただいま。はーちゃん、ただいま!」
「おかえり! ……あれ?」
「ん? どうかした?」
「お兄ちゃん、今日たのしそう!」
「へへ。ちょっとね、面白いことあったんだ」
「そうなの? わたしにも聞かせて!」
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