白昼夢でさえも


「ほんとに、みょうじくんにはなんでも話せるなあ」
心底嬉しそうに言われたその言葉が、凄く嫌だった。


緑谷は一度心を許すと、その人に自分のことをなんでも見せてしまう。

人懐こい、というよりは、人との距離が近いという感じだろうか。
聞いたところによると、あまり友達ができなかったらしい。せっかくできても、ボス的存在の爆豪に目の敵にされているせいで、すぐに離れて行ってしまったとか。

とにかくそんなこんなで、ただの同級生、それも隣のクラスでほぼ接点がないような俺に、ぺろっとそんな言葉を言ってしまうような人間だ。

そりゃ、飯田とか麗日とか、純粋に友人としてそばにいる人になら、それでいいだろう。

だけど、多少なりと緑谷に対してよこしまな思いを持ってる人間に、そんなことを言うのは危ないと思う。
そして、全く警戒されていないというのも、なかなかに寂しいことで。

「みょうじ」
「んんー」
「ったく……ほれしっかりする! 次移動だろ!」
「いった!」

机にぺったり頬をつけて携帯をいじっていたら、拳藤の手のひらで背中をひっぱたかれた。痛みに悶絶していたら、お構いなしに拳藤は俺を引っ張る。

ご丁寧に俺の教科書類まで持って。B組の姉というか、もはや母という気もしてくる。肝っ玉母ちゃん。

引きずられるのもアレなので、とりあえず自分の足で歩き出す。
痛む背中をさすりながら、教科書を受け取った。

「次なんだっけ」
「ヒーロー美術史だよ。ドキュメンタリーあるから見るとか、ミッドナイト先生が言ってたの、覚えてないの?」
「寝てた気がする」
「あんたはもう……」

あきれ顔の拳藤に若干の申し訳なさを覚えつつも、やたらと長い廊下を歩く。

始業時間はもうすぐだけど、ミッドナイト先生は授業に遅れてくることが多いからまだ平気だろう。ほかのクラスメイトがいないところを見ると、拳藤は俺のことを待っていてくれたようだ。

「……拳藤ってさあ、物間と付き合ってんの?」
「え?」
「ゴメン、やっぱ今の質問なし」

だからその手をしまってください。

俺と同じくらいの大きさになった手のひらを見せられ、速攻で謝る。この年頃の女の子って難しいな。まあ俺が女でも物間はない、と思う。性格死んでるし。

そんでもって、俺が女だったら、絶対に俺と付き合いたくない。
男だったらなおのこと。

だから、緑谷が俺のことを意識するなんて、天地がひっくり返ってもあるはずがない。

「……俺、やっぱ次の授業休むわ」
「え? あ、うん、わかった。とりあえず伝えてはおくけど……」
「ごめん、頼んだ」

視聴覚室に向かおうとしていた足を、そのまま保健室に向ける。
朝から体調悪かったし、なんて言い訳をしながら、静かな校内を歩いた。

拳藤は良いなあ、と、らちもないことを考える。見た目は可愛いし、性格は少し男勝りだけど、そこもまたいいし。
俺がもしあれだけ可愛かったなら、普通に緑谷に告白できたのに。いや、考えても意味がないか。

保健室にはリカバリーガールお出かけ中という張り紙がしてあったが、気にせず中に入る。薬使うわけでもないし、寝るだけだからいいや。そもそも俺保健委員だし。

カーテンで囲われたベッドにもぐりこみ、目を閉じる。
ここのところ寝不足だったせいか、わりとすぐに眠気は訪れた。


「みょうじくん」
「……」

緑谷が、自分の服をはだけて俺のほうを向いた。意外と筋肉のついたその体は、傷が多かったけど色は白い。お前は毎回、どこかで誰かのためにケガするもんな。

手を伸ばして触れると、やけにすべすべしている。
現実味のない感触に、ああこれが夢なんだと悟る。

手を引っ込めると、緑谷は不満そうな顔をした。俺が手を出さないのが気に食わないらしい。

「みょうじくん」
「これ以上、さわれないよ、緑谷」
「みょうじくん」
「ごめんね、好きだよ」
「起きて、みょうじくん」

はて、起きて、とは。

不思議に思ったのと同時に、意識が明瞭になる。

開いた目の前には、心配そうな顔の緑谷がいる。今度は本物だ。たぶん。

寝起きのまま惚けていると、彼は俺の肩をもう一回優しく揺らした。

「みょうじくん、大丈夫? 今5限目終わったとこだけど……」
「……んん」

腹筋を使って起き上がる。時計を見ると、確かにもう休み時間に入っていた。次はブラド先生の授業だから出ないとまずいか。
隣にいる緑谷の顔が見れなくて、目をそらしながら起こしてくれたことの礼を言った。

「ごめん、ありがと。すっかり寝てた」
「ううん、いいよ、そんなの。それより、具合悪いの? 大丈夫?」
「眠かっただけ。美術史だしいいかなと思って」

窮屈だからと外していたネクタイを再び身に着けて、シーツをたたんで足元にまとめる。ベッド利用者のところに名前を書いておかないと。

立ち上がろうとしたら、がさついた手が俺の腕を掴んだ。
言わずもがな、ここには二人しかいない。

「……緑谷?」

俯いたまま何も言わない緑谷。あんな夢を見た直後だからか、無駄に心臓が動いた。どこにあるかよくわからないつむじを見つめていると、緑谷が上目遣いに俺を見上げた。

それやめろ。

「あの、さっき、」

何か言いかけた小さい口の横に、手のひらを添える。
指先で耳の近くをくすぐると、緑谷は小さく震えて、肩と頭で俺の手を挟んだ。そこから手を引き抜き、今度は頬にあてた。

そばかすを擦るように親指を動かしたら、まるで小動物みたいにすり寄ってくる。

「、みょうじ、くん」
「なに?」

俺の手を見つめたまま、緑谷が尋ねた。

「さっき、……なんのゆめ、見てたの」

「……触りたかったけど、触れなかった夢」

主語のない抽象的な表現でも、緑谷は察したらしい。

俺の手を取ると、さらに強く自分の顔に押し付けた。火傷しそうなくらいに熱いのは、俺の手かこいつの顔か。

「いいよ、触っても」

ぎこちない言葉に、俺は歯をかみしめた。
捕まれていない手を伸ばして、緑谷の胸にぺたりと触れさせた。



「みょうじくん? 大丈夫?」

「…………」

目の前には、緑谷の顔がある。そしてリカバリーガールの顔も。

「ごめん、なんだかうなされてたみたいだから……」
「全く……勝手にベッドを使うんじゃないよ。ちゃんと書いてからにおし」

リカバリーガールはぷりぷり怒りながらも、俺の代わりにベッドの届を書いてくれた。
緑谷は今日は包帯のいらないケガのようで、小さい絆創膏がちょこんと頬に貼ってある。ウサギ柄なのがワンポイントだ。

うん、まあ、なんていうか。

「緑谷」
「ん? どーしたの?」
「爆豪って今A組の教室にいる?」
「いると思うけど……どうして?」

わかってたけど、夢落ちだよね。
しかも、二重で。

「公衆の面前でヘドロに犯された当時の心境は?ってインタビューしてくる」
「なんて手の込んだ自殺!! ちょ、ま、ど、どうしたの!?」

授業のさぼりとか、するもんじゃないね。


「あのさ、ところで、何の夢見てたの?」
「それ今日の俺の地雷」
「ええ!?」
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