渇いた感謝のことば


「チユーーーー」
「あああああああ! ……あ、治ってる」

保健室に行ったら、妙齢ヒロインさんが待っていた。

勝手に脳内で美熟女を想像していたが、そりゃ当たり前なことに、ガールもオールドレディへと成長していきますよね。
伸びた唇が俺の手にくっついて、強く吸われたと思ったら、手が治っていた。疲れた気はするけど、手は痛くない。

「すげ……ありがとうございます」
「いいんだよ。使用書だけ書いておきな。ほら、ゼリービーンズだよ、お食べ」
「え? あ、ど、どうも……」

手のひらにばらばらとカラフルな粒たちが乗る。ゼリービーンズってなんだろう。

お食べと言われたので、もそもそと口に運びながら使用書を書いて、俺はちらっと横を見た。
カーテンでおおわれているが、あの中にはおそらく人が寝ている。

「あの子なら、まだ寝てるよ」
「……そうですか」

緑谷は、まだ眠っているらしい。
俺が心配していると思ったのか、リカバリーガールは続ける。

「体力の問題でね。私の個性は治癒力を活性化させるだけだから、治すのは体力を消耗させてしまうんだよ。一気に直すと逆に死ぬから、少しずつ治していくさね」
「ふーん……」

なるほど、だから俺も疲れたのか。

名前を書いた保健室使用届をリカバリーガールに差し出すと、彼女はなぜか口紅を取り出した。そしてそれを唇に塗りたくってから、教師の名前のところに唇を押し付ける。
くっきりと唇の跡がついたのを確認して、唇を拭いていた。
それハンコかよ。

「はい、受領したよ。それじゃあ、次の授業に遅れないように行きな」
「ありがとうございました。失礼します」

頭を下げて、イスから立ち上がる。
一度だけ緑谷のほうを見て、俺は保健室を後にした。

廊下は始業時間に近いこともあってか、あまり人がいない。しんとした空気のなかを歩きながら、そういえば髪をほどいていなかったのを思い出して、後頭部に手をやった、その時。

俺の後ろに、誰かが立つ気配がした。
足元の大きな影を見て、大体は想像がついた。

「なまえ少年」
「…………」

伸ばした手を下ろして、回れ右をする。予想していた通りの人物が立っていた。
こわばりかけた顔を動かして、笑顔を作る。

「オールマイト、こんにちは」

オールマイトが俺を見つめている。

挨拶をしたのに返事は返ってこなくて、しばらくそのまま見つめ合った。
やがて、どこか固い声で彼は俺に聞く。

「君は、……君は、もしや彼の……あの時の子供か?」

嫌になるほど聞かれた質問を、まさかオールマイトにまで聞かれるとは思わなかった。
だから俺は笑ったままで、いつもの返し方をした。

「いけませんか、敵の子供がヒーローを目指すのは」

その言葉に、彼ははっとしたような表情をして、返事に詰まる。いいとも悪いとも言わなかったけど、次に言いたかったであろうことは想像がつく。

何を考えている。信用していいのか。信用できると思っているのか。

平和の象徴であるオールマイトが、自分が捕まえた敵、そしてその近しい人間に対して、好意的な感情を抱くはずはない。だって彼は正義の味方だ。「真に賢しい敵」の、その子供にどんな感情を抱くか、なんて。

何も言わないオールマイトに、俺の父親仕込みの笑顔は消えた。

「変な心配しなくても、バカみたいなことは考えてませんよ。仮に考えてたら、親子ともども捕まえればいいでしょう」
「…………」
「……俺はプロヒーローになりたいだけですから」

プロになること。

それが、心白がこれから生きる上で、一番いいこと。過去に捕まった犯罪者の娘、より、現在活躍しているヒーローの妹、のほうが響きもいい。叔父や叔母も、そうしたら俺を引き取ってよかったと思えるだろう。ほかの親戚への面目もたつ。

俺がヒーローを目指す理由は、ただそれだけだ。

「俺の存在が許せないならそれでいいですよ。今更言われ慣れてるし。だけど、雄英に入ったからには、周囲が思うような問題は起こしませんよ」
「違う、そういうわけでは」
「授業始まるし、これで失礼します」

踵を返そうとして、思いとどまる。
そういえば、救けられた時、混乱するばかりでお礼も言えてなかったな。

「あの時は。……救けていただいてありがとうございました、オールマイト」

乾いた声でそう言って、俺は今度こそその場を立ち去った。
オールマイトがどんな表情をしていたのかはわからない。またあの笑顔を浮かべているんだろうとは思った。平和の象徴は、そういうヒーローだから。

時計が始業時間ぎりぎりなのを見て、俺は慌てて、廊下を走り出した。

走りながら、自分の卑屈さを呪った。


7限目までの授業が終了し、ようやく1日のカリキュラムが終了した。

ケガを治してもらった疲れも相まって、正直後半はノートの文字すらかけないぐでんぐでんっぷりだったが。

あー家帰ったら夕飯作らないと。買い物しないと冷蔵庫の中空っぽだ。そうだ洗濯物も取り込んで、シャツにアイロンかけて。
鞄にノートや教科書を詰め込みながら頭の中で算段を立てていると、誰かに名前を呼ばれた。

「なァおい、なまえ!」
「ん?」

振り向くと、硬化する奴が俺を手招いていた。
周囲に何人かすでに集まっている。
近づいて、そういえばと口を開く。

「あ、さっきコスチューム持ってってくれてありがとな」
「おー、いーっていーって。それよりさ、今からみんなで戦闘訓練の反省会やろうと思うんだけど、なまえも参加しねぇ? あ、なまえって呼んでいいんだよな?」

さっき飯田と麗日に聞いたぜ、と言われて、俺はうなずいた。6限と7限の間は俺が死んでいたため、話しかけにくかったようだ。

「俺早めに帰らないとなんだよね。それ引いても疲れたし、申し訳ないけど帰るわ」
「そっか、了解。んじゃライン教えてくれよ、後で内容送るからさ!」

「? ラインって何?」

俺がそう尋ねると、ぴしりと空気にひびが入った気がする。

はっと気が付いて周囲を見渡すと、クラスのほぼ全員が目を見開いてこちらを見ていた。

そんなまずいことを言ったのかと固まっていると、硬化のやつ(そういや名前知らない)にがっちりと肩を掴まれた。握力が強いのかとても痛い。
ゆっさゆっさと勢いよく揺さぶられ、気持ち悪くなった。

「おめーマジか! ライン知らないってなんなんだよ! お坊ちゃんかよ!」
「ラインやんないでどうやって生きてきてたの!? メッセンジャー派!?」
「ラインは覚えていたほうがいいわ、なまえちゃん」
「ちょまちょま、酔う、酔うって!」
「スマホだ! スマホを探せ!」
「オイどこ触ってんの!」

硬化する奴に捕まっている間に、さっきのセロテープが俺の携帯を取り出す。

あれよあれよという間に、ラインとかいうアプリがダウンロードされ、1−Aというグループに入れられた。聞く限り、どうやらメールのすごい版らしい。
友達いなかったから知らなかった。

「ここのトークってとこで、メッセージ書けるからな。あとは自分で使って慣れろよ。で、俺のがコレ、切島鋭児郎!」
「ん、んん?」

よくわからない。けど、とりあえず分かった顔をしておこう。
そろそろタイムセールが始まる時間だし、帰らなければ。

「えっと、じゃあ俺帰るね」
「おう、お疲れ!」
「ばいばい、また明日ねー!」
「ライン使えよー!」

手を振られながら、教室のバカでかい扉から外に出る。
携帯には、ぴろんぴろんと大量のメッセージとやらがやってくる。今この場で言えばいいのにと思いつつも、思わず顔がほころんだ。

でも。

「……俺が敵の息子だって知ったら、どんな反応すんのかな」

誰もいない廊下で、俺はぽつんとつぶやいた。


「はーちゃんただいまー。いまご飯作んね」
「お兄ちゃん、おかえり! みて、今日がっこうでかいたの!」
「んー? ……うん、上手だね! これが叔父さん、こっちが叔母さん……これが俺?」
「そう! でもね、みんなわかんないって……ちゃんとおにいちゃんのお顔描いたのに」
「そっかー。じゃ、これどっか見えるところに飾っておこうか!」
「うん!」
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