折れろ爆豪


俺の個性は、ざっくり言えば「触れたものを好きに操れる」というもの。無論それなりに制約もあるし、扱いが難しい。

ただ、これを応用すれば、ぬいぐるみを操るのと同じ要領で、人を操ることもできる。
自分の思うままに動かすことも、今のように、拘束して動きを止めさせることも。

爆豪の足はその場に縫い付けられたように動かない。緑谷が唖然としてこちらを見ていた。

「人殺しだぁ!? わけわかんねーこと言ってんじゃねえ! とっとと戻せクソが!!」

しかし、口は自由に動かせるから、爆豪は口汚く俺を罵った。
だからこちらも反論する。

「クソはお前だろ、さっきから暴走して。これが授業だって何回言ったらわかる?」

ずいぶんご立派な入試1位様だ。

中指を引くと、爆豪の右足がゆっくりと後ろに下がる。今度は薬指を動かして、左足を後ろへ。指は細い糸できつく縛られたみたいに痛んだ。

爆豪はそれでも、片手を前へと向ける。また放射型の爆破を行うつもりだろうか。

片手では拘束に踏ん張りがきかなくて、爆豪はまた前に足を踏み出した。

「っ、どうしたデク、来いよ! まだ動けんだろぉ!?」

あのバカみたいな攻撃をさせてなるものかと、俺はもう片方の手も追加し、両手で爆豪の体を操った。今度こそ完全に拘束できたらしく、爆豪はまた動けなくなった。
それを好機と見たか、緑谷は通信機に向かって口を開く。

「麗日さん、状況は!?」

「無視かよ、すっげえな……!」

爆豪の右腕を抑えている人差し指が、嫌な音を立てた。

痛みに顔をゆがめると、通信機にオールマイトの声が入ってきた。

『爆豪少年、次それ撃ったら……、強制終了で君らの負けとする』
「あぁ!?」

納得がいかないのか、爆豪が声を上げる。
しかしオールマイトはひるむことなく、言葉をつづけた。

『屋内戦において、大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く! ヒーローはもちろん、敵としても愚策だそれは! 大幅減点だからな!』

言い返す言葉がないのか、それとも「大幅減点」という言葉に気勢をそがれたのか、爆豪は歯を食いしばって黙った。
続けて、その声は俺にもふりかかる。

『なまえ少年、君もだ! その個性は、人に向けて使うものではないだろう!?』
「…………」

あんたなんかに言われなくても、そんなの俺が一番知ってるよ。
オールマイト。

俺が手を下ろすと、自由になった爆豪は怒りのためかぶるぶると震えた。一度だけものすごい目で俺を睨んでから、耐えかねたように天を仰いで吼える。

「ああ〜〜〜じゃあ! もう殴り合いだ!!」

爆破の推進力で緑谷まで突き進むと、いったん上に飛んで緑谷の後ろに回り、再び爆破を食らわせる。汎用性も高ければ攻撃力も高い、派手で強い個性。

性格はクソでも、個性や体さばきのセンスは一級品だ。

一方的なリンチを眺めながら、俺は飯田に通信をいれた。

「……飯田」
『む!? なまえくんか! そっちはどうなってる! 先ほどの大揺れは!?』
「爆豪がぶちギレ。んで今緑谷リンチしてる」

今は手元に、リンチを止められるほど頑丈なぬいぐるみがないから、あの中に入っていけない。ウサギのぬいぐるみは、動くことに重きを置いているので、布地が弱いのだ。
情けない。

『リンチ……!? どうするんだ!』
「どうもこうも。殺しはしないだろうけど見てらんない。隙見て緑谷に確保テープ巻くから、そっち麗日止めてくれ。どうせあと何分もない、粘ろうや」
『ああ、わかった!』

通信が途絶え、再び爆豪と緑谷に注意を移す。
ポケットに確保テープはあるけど、あの猛攻をかいくぐって巻ける気はしない。かといって、緑谷と組んで爆豪を攻撃するわけにもいかない。
どう動けばいいか、わからなかった。

「ぐぅう!」

緑谷はたえかねたのか、腰砕けになりながら壊れた窓側へ逃げ出した。そのあとを悠然と追いながら、爆豪が口を開く。

「なんで個性使わねえんだ、俺をなめてんのか?」

それは、俺も気になってはいた。
先ほどから一度も、緑谷は個性らしきものを見せていない。使わずに勝てる、となめられているのかと思ったが、そんなふうには見えない。第一、ここまで追い詰められてなお勝てると思っているなら、それはただのバカだ。

緑谷の口から、違う、と小さな声が聞こえた気がした。
俺にかろうじて聞こえた言葉は、爆豪の耳には届かない。むしろ、さらにヒートアップしていく。

「ガキの頃からずっと! そうやって! 俺をなめてたんかてめェはぁ!!」

その言葉にはじかれるように、ずっと下を向いていた緑谷が顔を上げる。涙が浮かんだ大きな目は、ただまっすぐに爆豪を見ていた。
うらやましいなと、ただそう思った。爆豪か緑谷か、自分でもよくわからなかった。

「君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか」

静かに、しかし揺るがない言葉。

そんな自分の言葉に後押しされるように、緑谷は拳を握りしめた。

「勝って!! 超えたいんじゃないかバカヤロー!!」

「その面やめろやクソナード!!」

二人が駆け出す。

緑谷の右腕はわずかに光り、爆豪の手のひらも大規模な爆破に備えるかのように赤く燃える。これが真正面からぶつかりあったら、二人とも無事では済まない。脳裏に個性把握テストのボール投げの結果が蘇る。

仕方なく、腰についていた最後の人形を取り、2mほどに大きくする。
あの攻撃の間に挟めば、多少はダメージが軽減されるはずだ。本当は、この人形を使いたくなかったけど。

「DETROIT……!!」

痛む指を伸ばして人形を向かわせた、その時。

ぶつかるその寸前に、緑谷が叫んだ。

「行くぞ、麗日さん!」

「は!?」

予想外の名前に、思わず手を止めてしまった。

麗日。麗日は今、飯田が。
まさか、と思ったときには、すでに遅く。

「SMASH!!」

爆豪の爆破は緑谷に命中したが、緑谷の拳は天井に打ち込まれ、空まで気持ちよくぶち抜いた。ガラスの砕け散る怜悧な音が、壊れた壁の向こうから聞こえた。
慌てて通信機をつけ、飯田に伝える。

「飯田、警戒!!」
『な、はあ!?』

『ごめんね飯田君、即興必殺! 彗星ホームラン!!』

通信機の向こうから、麗日の生き生きした声が聞こえる。続けて何かがぶつかる音。

『ホームランではなくないか――――!!?』

うるせえ。

俺はそこで負けを悟って、手を下ろした。ビルの中だというのに、きれいな空が見える。やがて響き渡る飯田の「核―!!」の断末魔に、力が抜ける。

緑谷は、爆豪との勝負の行方なんて、最初から見てはいなかった。かなわないと諦めていた、とも言おうか。一途にチームの勝利だけを考えた。
なめていたなんて、とんでもない。

「そういう……ハナっからてめえ……! やっぱナメてんじゃねえか……!!」

かたや、緑谷との決着だけを見ていた爆豪は、再び緑谷に食って掛かる。

「使わない、つもりだったんだ……使えないから……」

煙が晴れ、視界が明瞭になる。
緑谷は黒こげの腕を構え、腕を振り切った姿勢のまま立っていた。今にも倒れそうになりながら、とぎれとぎれに爆豪に答える。

「体が、衝撃に、耐えられないから……、相澤先生にも言われて……たん、だけど……」

考えてみれば、爆豪を止めること、麗日のサポートをすること、その副次的効果とはいえ、俺を止めること。その全てを、緑谷は一人でやってのけたのか。

冷静に、状況を分析して、判断して。
そう考えたとたん、緑谷が怖くなった。

「これしか……思いつかなかった……!」

それだけ言って、緑谷の体はゆっくりと斜めにかしいでいく。攻撃を止めようとしていた最後の人形で、倒れ行く緑谷の体を抱えた。
ずきりとまた指が痛む。

緑谷のぼろぼろの両腕に刺激がいかないようそっと寝かせると、その時ちょうどオールマイトの声が聞こえた。

『ヒーローチーム、WIIIIIN!』

ああ、ぬいぐるみ、回収しなきゃ。



「今日の宿題は、家族の顔を描いてくること! お母さんでもお父さんを描くのでもいいですよ」
「せんせー、えんぴつ? クレヨン?」
「なんでもいいですよ。1年生になるまで見守ってくれた家族に、ありがとうの気持ちをこめて描きましょうね」
「……先生」
「はい、心白さん」
「あの、いっぱい描いてもいいんですか? ひとりだけですか?」
「描けるなら、何人描いてもいいわよ。一枚にみんな描いてもいいし、それぞれ一枚ずつ描いていくのも。その場合は紙を多めにとっていってね」
「はい!」
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