楽しみだぜコスチューム


「なまえー、そろそろごはん! お裁縫あとにしなさい!」
「はーい」

ぬいぐるみのほつれた部分を直していたら、台所から叔母さんが声をかけてくれた。

昨日は叔母さん、叔父さんともに仕事を休んでくれたようで、うちに泊まった。
今日は二人とも仕事だが、朝食を四人そろって食べるのは、彼らが泊まった翌日の決まり事である。

叔母さんが食卓テーブルへとぐいぐい俺を押していく。
叔父さんと心白はすでに座っていて、一緒にテレビを見ていた。心白はまだ眠そうだ。

俺に気が付くと、叔父さんは眼鏡の奥からにっこり笑った。

「おにいちゃん、おはよー」
「おはよう、なまえくん。改めて、雄英の制服かっこいいねえ」
「おはようございます。はーちゃんもおはよ。まだネクタイが慣れないんですけどね」
「中学は学ランだったね。まあ、ネクタイの結び方は覚えていて損はないから」

プロになってもスーツを着る機会はあるだろうという言葉に、オールマイトの金キラスーツを思い出す。投影された映像で、確かに彼もスーツを着ていたか。

確かにそれもそうだろうけど、ヒーローというとコスチュームのイメージが強い。スーツのヒーロー、誰かいたっけ。
俺はあんまり詳しくない。

トーストをかじった叔母さんが、ぽんと手を叩く。

「スーツといえば、なまえのコスチュームかっこよくなったわよ」
「え、なんで叔母さん知ってるんですか」
「そりゃーあんた、私が作ったのよ。大事な甥っ子のコスチュームだからね」

叔母はそう言って胸を張った。

彼女はサポート会社に勤務していて、主にヒーローのコスチュームなんかを制作している。雄英と提携しているのは初めて知ったけど。
というか、ちょっと待て、かっこよくなった?

俺と同じ疑問を感じたのか、心白が首をかしげる。

「かっこよくなったって?」
「なんか地味だったから多少手を加えたのよ」
「叔母さんの多少って多少じゃないですよね!?」

ごくごくシンプルなものにしたのに、彼女はいったい何をしてくれたのだろうか。

心白のセンスのアレさは、おそらく叔母から伝わったものだ。両親はそこまででもなかったのだが、おそらく育ててもらううちに移ったんだろう。

「大丈夫だよなまえくん、僕も確認したから。ちゃんとかっこよくなってるよ」
「叔父さんがそう言うなら……」
「ちょっとあんた! あたしとの扱いの差なんなのよ! ……あ」

叔母さんが時計を見上げる。俺もつられて見上げると、もう時刻は8時近くになっていた。SHRは8時25分からだ。
つまりやばい。

「俺もう行ってきます! はーちゃん気をつけてね! ごはんごちそうさまでした!」
「おにいちゃんいってらっしゃい!」
「気張ってきなさいよ、なまえ!」
「はい!」

直したぬいぐるみを鞄に突っ込んで靴を履き、ばたばたと家を出る。

昨日は体力テスト、今日は通常授業だけど、午後にヒーロー基礎学が入っている。
また除籍だとかいうとんでもない授業じゃなければいいけれど。


午前中は基本的に座学がメイン。プロヒーローがまじめに授業しているのは、正直見てて面白い。
とはいえ、さすが最高峰、授業初日で中学の復習程度の内容と言えど、なかなかのものである。普通科目で単位を落とすというのも情けないし、どうにかついていかなければ。

「おらエヴィバディヘンズアップ、盛り上がれ!!」

うるせえ。

やたらと大声を張り上げるプレゼント・マイクにぐったりしながらも、ひとまず午前の授業は終了した。
イスによりかかってぐったりしていると、前から声をかけられた。

「なまえくん」
「お、緑谷」

もさもさ頭の緑谷が、てこてことこちらへ寄って来る。その様が、今日通学路で見た小型犬に被った。なぜか目を輝かせながら、やたら力んだポーズで話しかけてくる。

「お昼、一緒に学食行かない? クックヒーローのランチラッシュが提供してくれてるんだって!」
「いーよ。つか、クックヒーローとかいるんだ?」

どんなヒーローなんだろう。

「知らないの? ランチラッシュはその昔、数百人の避難者にたった一人でフルコースの食事を振る舞ったって言う伝説があって」
「お、おう」
「ご飯なら私も行くー! 飯田くんも行こうよ」
「ああ、ぜひそうさせてくれ」

あれよあれよと人数が増え、4人で「ランチラッシュのメシ処」なる場所へと向かう。

広々とした食堂内は、ファミレスさながらに観葉植物があったり、座席数が通常の学食より多かったり。とりあえず、雄英が凄いことは分かった。

「すごーい、メニュー豊富! どれ食べようか迷っちゃうよー」
「牛丼、カツ丼、親子丼、魚の煮つけ定食、カレーライス、ハヤシライス……なんか全部ご飯ものなんだけど」

徹底した麺とパンの排除っぷりである。
あるにはあるけど、米に比べると圧倒的に数が少ない。うちは米よりパン派だから、あまり慣れない。ちらりとカウンターの向こうを見ると、すさまじい速さで料理を作っているコック帽の……おそらく男性とたぶん目が合った。

「白米に落ち着くよね、最終的に!」

「お、おー……?」

今日、米買って帰ろうかな。


昼食を終えた午後の授業。今日はさっそく、ヒーロー基礎学がある。

「わーたーしーがー!!」

さんざんテレビで聞いた力強い声が廊下から響く。
皆が期待に顔を輝かせた次の瞬間、

「普通にドアから来た!!」

普通ってなんだろうかと考えたくなる恰好で、筋骨隆々の男性が姿を見せた。

オールマイト。平和の象徴。
ナチュラルボーンヒーロー。
父親を捕まえたヒーロー。

「オールマイトだ……!」
「すげえや、本当に先生やってるんだな!」
「あれ、シルバーエイジのコスチュームね」
「画風違いすぎて鳥肌が……!」

オールマイトは大げさな動きで教壇に立つと、ぐるりと教室全体を見回した。改めて見ると、やっぱりでかい。教卓の約2倍の身長って一体どういうことだろう。

こちらに伸びてきたオールマイトの目が、ふと俺の顔を見て止まったような気がした。
気のせいかもしれないけど、ひとまず目をそらしておく。
するとそれ以上は特に変わることもなく、再び教室全体を見た。

「私の担当はヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ! 単位数も最も多いぞ!」

そこまで言うと、オールマイトはなぜか攻撃をする前のようなモーションを取った。

「早速だが、今日はコレ!」

こちらに突き出した手には「BATTLE」の文字。それが表す意味は、つまり。

「戦闘訓練!」

基礎トレーニングとかではなくて、いきなり戦闘訓練なのか。
雄英らしいと言えばそうなのだろうか。滑り止めで見ていたほかの高校は、カリキュラムは基礎トレでぎっちり埋まっていたというのに。

「そしてそいつに伴って、こちら!」

オールマイトが壁を指さすと、線のような部分がこちらへとせり出してくる。ガラスケースの中にあるのは、番号が書かれた箱たち。

「入学前に送ってもらった、個性届と要望に沿ってあつらえたコスチューム!」

『おおーー!』

クラスじゅうが歓声を上げる。が、俺は素直に喜べない。
何せあの叔母さんのお手製だ。わざわざ作ってくれたのは、嬉しさしかないけど。そういや、お礼言ってない。

着替えたら順次グラウンドβに集合、という言葉とともに、全員が我さきにとコスチュームに群がる。人の波が引くのを待ってから、自分の「21」の箱を取った。


「あの子、コスチューム気に入ってくれるかしら?」
「大丈夫だよ! おにいちゃん、『コスチューム叔母さん考えてくれないかな』って言ってたから!」
「たぶん、それ自分で考えるのが面倒だからよね?」
「でも、あれは味気ないよねえ」
「そうよ! 形から入るのも大切なんだから!」
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