できたぜ友達


ボール投げ、長座体前屈、上体起こし、持久走。
一通りこなして、結果発表。

そこそこの記録は出せたから、最下位はないと思うけど、気になるのは緑谷だ。なんで会ったばかりなのにこんなに気になるのかわからないが、おそらくあれだ。
保護者目線。

「じゃ、ぱぱっと結果発表。トータルは単純に、各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのも時間の無駄なんで、一括掲示する」

相澤先生は言葉のとおり、さっくりと結果を表示した。
端末から投影される記録は、1から21までの番号がふられ、その横に名前がある。

ひとまず自分の名前を探すと、8と書かれた横にやたらと長い名字が見えた。8位か、よしよし。持久走でひたすら人形に走らせたのが効いたかな。

続いて緑谷を探す。
だが、探す必要もなく一瞬で見つけた。1から10、11から21と、ひとつだけ下に飛び出た欄に、緑谷の名前はあった。
思わず彼の顔をうかがうと、絶望的な表情でそれを見ている。

相澤先生は緑谷をちらとも見ることなく、さっさとその表示を消してしまった。

「ちなみに除籍はウソな」

さらりと、なんでもないことのように言われた言葉に、全員水を打ったように静かになる。いやもともと静かだったけども。

話についていけない俺たちに、相澤先生は無駄に歯並びのいい口元を見せて笑う。
そしてとどめをさした。

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

『は――――!!??』 

飯田が叫び、∞女子が叫び、緑谷が叫び、俺も叫んだ。

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ……」
「ちょっとヒヤッとしたけどな」
「俺はいつでも、受けて立つぜ?」

ぽかんとしたり、やっぱりなとしたり顔で頷いたり、反応はそれぞれだが。

「(あんだけすごい目で見といて?)」

俺は安心しつつも、その「合理的虚偽」がウソなんじゃなかろうかと疑っていた。
緑谷が個性を使った瞬間といい、その前の種目といい、あんな目で見ておいてウソなんて。
まぁ、除籍がないならそれに越したことはないが。

「……まあ、ウソでよかったね、緑谷」
「ハァァァァァ」
「きいてる?」

顔面が崩壊している緑谷には、俺の声が届いていないらしい。
まあ仕方ない。

「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから、戻って目通しとけ」

相澤先生がそう告げると、みんな空気を抜けたように息を吐きだした。俺も例外ではない。
初日でいきなり体力テスト、しかも個性の使用可、なんて初めての経験だ。疲れたけど、心白へのいい土産話ができた。
緑谷が先生から紙をもらっているのを横目に、ぐっと体を伸ばす。

「明日からもっと過酷な試験の目白押しだ。覚悟しとけ」

去り際に不吉な言葉を残し、先生は去っていった。

ふと、校舎横にちらりと黄色いものが見えた気がして、少し身を乗り出す。しかし、やたら立派な木しかない。気のせいだっただろうか。まあいいや。

結んでいた髪を解いて、顔にかかるよう軽く直す。なんだかどっと疲れた気がした。



その後、本当に入学式もガイダンスもなく、カリキュラムを各々取って帰るという流れ解散になった。緑谷は保健室に行ったらしく、しばらくしてから帰ってきた。
やけに疲れた様子だったが、一体何があったのか。

「緑谷お疲れー」

声をかけると、びっくりしたような顔が俺のほうを見た。

「あ、えっと……えーと……」
「うん、その反応もう慣れた。指緒勘解小路なまえです、なまえでいいよ。長いし」
「なまえくん、だね。僕は緑谷出久、よろしく」
「よろしくね。今帰りだよね。駅まで一緒帰ろ」

にっこりと笑みを浮かべて言うと、緑谷は照れくさそうに笑って頷く。
とりあえず笑って話せば相手は心を開いてくれると、父親に教えられた。非常に腹立たしいがその通りだった。

「なまえくんの個性って、すごいよね! あのぬいぐるみって自分で大きくできるの?」
「ある程度ね。それよか緑谷のほうが凄いじゃん。飯田から聞いたけど、あのバカでかいギミック壊したんでしょ?」
「えっ!? あ、うん、まぁ……ただ夢中で……今考えると何やってんだろって……」
「いいじゃん、カッコいいカッコいい」

下駄箱を抜け、下校途中の生徒がちらほら見える中を歩く。
学校を出て力が抜けたのか、緑谷は大きく息を吐いた。その肩を大きい手が叩く。

「っ飯田くん!」
「お、飯田お疲れー」
「ああ、なまえくんもな。緑谷くん、指は治ったのかい?」
「う、うん。リカバリーガールのおかげで……」

緑谷は包帯がぐるぐると巻かれた指を飯田の前に差し出した。見るからに痛ましいが、さっきの赤黒くはれ上がった指よりは何倍もマシである。

リカバリーガールとは雄英の保健教諭で、治癒力を活性化させるという珍しい個性を持っている妙齢ヒロイン、らしい。お世話になったことはないからわからないが、たまにニュースであちこちの病院を訪れていたりするようだ。

三人で連れ立って歩き出すと、緑谷は自分の指を見て何やら考え込んでいるようだった。対する飯田は、顎に手をやって難しい顔をしている。

「しかし、相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった。教師がウソで鼓舞するとは……!」
「合理的虚偽ーってやつ? 俺あれこそがウソなんじゃないのって思ってるんだけど」
「へっ? どういうこと?」
「だから、除籍するっていうのがマジで、でも意外とみんな頑張ったから、じゃあ除籍は勘弁してやろ、みたいな」
「なんだと!? そんなことあるはずがないだろう! いやだが、ここは自由な校風が売り、ということは、今この下校時もどこかで見ているということか……!?」
「たとえばの話じゃん、たとえば! 飯田おもしろいくらい融通きかないな!」

漫才を繰り広げながら歩いていたら、後ろから軽やかな足音が聞こえてきた。

続けて聞こえた声は、今日何度も聞いたもの。

「おーーい、そこ行くさんにーーん!」

呼び止める声に振り向くと、髪を揺らして走ってくる∞女子の姿が見えた。

「駅までーー? 待ってーー!」
「う、うららかさっ……!?」

笑顔のその姿は、なんていうか、うららかだ。
とりあえずその場に立ち止まって彼女を待つ。近くまで来てようやく顔が見えたのか、飯田がはっとした。

「君は、∞女子!」
「麗日お茶子です! えっと、飯田天哉くんに、……えーと……」
「ゆび……もういいや、なまえです」

名字を名乗るのがもはや面倒くさいのであきらめる。∞女子もとい麗日は、じゃあなまえくんだ、とこれまたうららかに笑った。それから緑谷のほうを見て、

「それから、緑谷……デクくん! だよね?」

「デク!?」

盛大に名前を間違った。

しかし麗日はきょとんとしたまま、首をかしげる。

「え? だって、体育テストのとき、爆豪って人が」

言われて思い出してみれば、確かに「デクてめえ!」とか言っていたような気もする。
出久、たしかにデクとも読めてしまうが。
案の定あまりいい意味ではないようで、緑谷はなぜか挙動不審になりながら妙な動きで説明した。

「あ、あの、本名は『いずく』で、デクは、かっちゃんがバカにして……」
「蔑称か」
「つまり、デクの坊と」
「あー、そうなんだ! ごめん!」

麗日が謝る。
しかし、すぐにでも、と続けた。

「デクって『頑張れ』って感じで、なんか好きだ、私」

「デクです」

「緑谷くん!?」
「いいのかそれで!」

顔を真っ赤にゆで上げながら、あっさり手のひらを返した緑谷に飯田と二人で突っ込む。お前がいいならそれでいいけど、いややっぱもうちょい考えろよ。

「浅いぞ! 蔑称なんだろう!?」
「コペルニクス的転回……」
「こぺ?」
「んー、まぁ悪い意味で使うんでなければいい、のか?」

麗日は別にバカにしようと思って使うわけではないのだろうし、まあ、緑谷がいいならいいんだろうか。

「まあ呼び方はいいじゃん、帰ろ」
「そうだな。あまり固まっていても道をふさいでしまうだろうし、歩きながら話そう」
「うん!」

そして今度は、4人で並んで歩き出す。
ほんわかした麗日に和んだり、まじめすぎる飯田に笑ったり、挙動不審で、それでも嬉しそうな緑谷を見てこちらも嬉しくなったり。

俺も、まさか入学初日で友達ができるとは思わなくて、それがこそばゆくも嬉しかった。


「ただいま……はーちゃんただいま!」
「お兄ちゃん、おかえり!」
「なまえおかえり! どうだった、雄英高校は!」
「先生がまたすごくて……あ、ごはん食べました? ありあわせでいいなら作りますよ」
「何言ってんの、主役にそんなことさせるわけないでしょ。ほら、久しぶりに叔母さんの料理を堪能なさい! 早く手洗って!」
「うわ、はい! なんかめっちゃいい匂いする」
「わたしもお手伝いしたんだよ! いっぱい食べて!」
「はーちゃん偉いね、もう1年生のお姉さんだね」
「えへへー、うん!」

「そういえば、なまえくん、友達とかできたか?」
「あ、……はい、3人くらい。……できるとは思わなかったんですけどね」
「いいことだよ。その調子で、どんどん友達を作りなさい」
「……はい。へへ」
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