すごいよ緑谷


怒り心頭、まさにその言葉がしっくりくる相澤先生を見て、緑谷が何かに気が付いた。

「消した……! あのゴーグル……そうか……!」

マフラーのような布に隠れてわからなかったが、先生の首元には変わったデザインのゴーグルがさげられている。

「視ただけで人の個性を抹消する個性、抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!」

相澤先生、もといイレイザー・ヘッド。
そういえば昔、聞いたかもしれない。捕まる前の父親から。

「イレイザー? 俺知らない」
「名前だけは見たことある! アングラ系ヒーローだよ!」

ざわめく生徒になど目もくれず、イレイザー・ヘッドは緑谷に近づく。ぼそぼそとした声で何を言っているかは聞こえないが、何か話しているようだ。

「イレイザー……ね、きみ知ってた?」

ピンク色の肌をした女子生徒に尋ねられ、俺はひとまず頷いた。

「聞いたことはあるよ。仕事に差し支えるからって、メディアへの露出がほぼない人だって」
「あー、確かに嫌いそうかも。あの子よく知ってたね!」
「だよね。……お、離れた」

メディアに露出しないヒーローを知っているとは。
先生は緑谷になにごとか指導すると、こちらへ戻って来た。

「何か指導を受けていたようだが」
「除籍勧告だろ」

緑谷は固まったまま、何やらブツブツ言っている。
もちろんのことこちらまでは聞こえない。他人事だというのに、なぜかこちらまで緊張してくる。
何か作戦を考えたのかと思いきや、緑谷はさっきと同じフォームで腕を振りかぶった。
また50m弱に甘んじるのだろうか。

ところが、違ったのはボールが手から離れかけたその瞬間だった。

「SMASH!!」

まるでオールマイトのように、緑谷はそう叫ぶ。その声にはじかれるように、ボールはさっきとくらべものにならないほど速く遠くに飛んでいく。
しばらくして、相澤先生の手からピピ、と音が聞こえてきた。

ちらりと目をやると、表示されていた数字は「705.3m」。
とんでもない記録だ。

「先生……!」

真っ赤に腫れ上がった指を涙目で抑え込み、こちらを振り向いて緑谷が言う。

「まだ……動けます」

その目に、相澤先生がようやく笑みを浮かべた。

「こいつ……!」


「700mを超えたァ!?」
「やっとヒーローらしい記録出たよー!!」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の時と言い、おかしな個性だ……」
「スマートじゃないよね」
「いいじゃん、記録は出したんだしさ」

ここまで目立った記録のなかった緑谷の快挙に、クラス中が沸く。
なぜか俺もほっとした。危ういというか、目が離せないというか。まるで保護者の心境だ。
だが、そうでないやつもいるらしい。

「……ッ!!」

俺の隣にいた爆豪が、信じられないものでも見たように目を見開いている。

あまりに鬼気迫る様子で、思わず一歩横に退いた。一体何があったというのか。なんか見てはいけないものでも見たのだろうか。
ぶるぶると震えていた爆豪は、一瞬にして目に怒りを滾らせ歯を食いしばった。

「……どーいうことだこら、ワケを言えデクてめえ!!」

手のひらに小規模の爆発を起こしながら、爆豪が走り出す。視線の先にはむろん緑谷。
さっきの50m走より勢いよく走ってくる鬼に、緑谷は情けない悲鳴を上げてその場に立ちすくんだ。
しかし、その爆破が緑谷にぶつかることはなかった。

「んぐぇ!!」

一瞬にして布のようなものが爆豪に絡み、爆破も跡形もなく消える。

『このイレイザー・ヘッドっていう奴は、布で敵を捕まえるんだよ』
『布? やぶけちゃわないの?』
『そりゃ硬い布を使ってんの。一瞬で巻きつけるワザにも長けてるし、1対1だととんでもなく強いね』


「…………」

頭をよぎった不快な声を、相澤先生のダウナーな声がかき消す。

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、何度も個性使わすなよ……」

ざわざわと、あたりを包んでいくような怒りに、クラスの全員が顔を引きつらせた。
わずかに赤く光る眼を爆豪に向け、相澤先生が言った。

「俺はドライアイなんだ」

個性すごいのにもったいない、たぶんみんな思った。

時間がもったいないから早くしろ、というその言葉にようやく時間が動き出す。
そういえば俺もまだだった。

こそこそと戻って来た緑谷に、ボール投げで∞を叩きだした女子が駆け寄る。爆豪は立ちすくんだままだ。
そこでようやく、まだ緑谷が試験の際に為した出来事を聞いていないことを思い出して、俺は隣の飯田に尋ねた。

「そんで、緑谷って試験で何やったの」
「ああ、そうだったな。試験会場の0ポイントのギミックを、拳一つで壊したんだ。指緒勘解小路くんは、あの試験の構造に気が付いていたか?」
「構造? 構造って別に、機械壊しゃいいんじゃないの? あれ壊しちゃったのはすごいけど」
「うむ。俺もそう思っていたんだが……彼はギミックに踏みつぶされそうになっていたあの∞女子を救けた。つまり、とっさの判断で人を救けられるかどうか、ヒーローとしての素地を見られていたんだ。
たとえ大怪我をしても、リカバリーガールと言う雄英の保健教諭がいるからな。緑谷くんはそれにいち早く気づき、それを実践したんだよ」

「あー、なる……」

なるほど、そういう構造になっていたのか。
確かにポイントが2種類あったからなんだろうとは思っていたけど。

……しかし。

「でも、緑谷ってそんな要領いいタイプか? そうは見えないけど……」
「何!? しかしだな指緒勘解小路くん! 彼は己の身の安全と試験の残り時間、合格に必要な可能性をすべて考えてなお」
「わかった、わかったって! ……てか、なまえでいいよ。ゆびおかでこうじって落ち着かないわ」
「む? しかし、まだ会って間もないというのにいきなり下の名前で呼ぶというのは」
「いいって。ほら、合理的じゃないでしょ。どっちも俺の名前には違いないんだから、短いほうで呼んでよ」

ぜったいいつか噛むよ、ゆびおかでこうじ。なんでこんな長い名字かな。

「そうか、言われてみれば……。ゆびお、いやなまえくんは、先生の考えを体現したいのだな! ぜひそうさせてもらおうなまえくん!」
「うん……」

もうそれでいいや。

どおん、という大砲の音をBGMに、俺は力なく頷いた。飯田、こいつまじめすぎ。

「次、ゆび……21番」

あ、先生までも諦めた。
とっとと終わらせて、さっさと帰ろう。


「…………」
「あら、心白ちゃん何作ってるの? ……ほんとに何作ってるの?」
「何言ってるんだ、どう見ても白鳥だろ?」
「はくっ……白鳥!?」
「うん……。んー、でもね、羽がうまくいかないの。もっと大きくしたいけど、そうするとね、大きくひろがらないの……」
「そ、そう……じゃあ、針金入れたらちょうどいいんじゃない? こうして……」
「あっ、すごい! そっか、はりがね挟んだらいいんだ!」
「よかったなあ。これ、心白ちゃんのお人形?」
「ううん、お兄ちゃんにあげるの! お兄ちゃんのほうがきれいに動かせるから!」
「そうかそうか! ……ああ、お嫁に行ってほしくない……!!」
「あなた、なまえとおんなじこと言ってるわよ」
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