はりさけろ入学


今日は、雄英の登校初日である。

実は心白の入学式も同じ日だったので、よっぽど雄英を休もうかと思った。実行する前に心白に怒られ、入学式に出席してくれる叔母夫婦にも怒られたが。

早く行きなさいと、比喩でなく尻を叩かれて、泣く泣く地下鉄を乗り継いで登校した。

クラスは1−Aと入学の案内に書いてあったので、広い校内を歩いて教室に向かう。
雄英のヒーロー科クラスは基本的に合格者18人、推薦2人の20人らしいが、今年は同じ点数で合格の生徒がいたから21人のクラスになるらしい。

ようやく教室前にたどり着き、バカでかいドアを開けて中に入る。
すでに席についていた生徒たちが一斉にこちらを向いた。それを見て、とっさにそっぽを向く。

腹立たしいことに、俺の顔は父親によく似ている。
父親の逮捕はそれなりに昔の事件だし、どちらかと言えばオールマイトのほうに注目されていたから、覚えている人は少ないだろう。それでも、顔を見られるのは嫌だった。

肩まで伸びた髪をさりげなく顔の前に持ってきながら、座席指定はないようなので適当な席に座った。

みんな緊張しているのか、隣の人に話しかけようとする生徒はいない。
始業時間までまだ間がある。

俺が席について5分も経たなかっただろうか。突然乱暴に扉が開いたと思ったら、目つきの鋭い男子生徒が中に入って来た。その顔になんだか見覚えがあって、なんだったかと記憶をさらう。

そいつが席について、机に脚を投げ出したあたりでようやく、「ヘドロ事件のバクゴー」だと思い出した。個性すごかったもんな。
性格も凄そうだけど。

生ぬるい目でそれを見ていたら、これまた突然、一番前の席に座っていた眼鏡が勢いよく立ち上がった。

「君!!」

あいつは確か、入試の時に質問してたやつだっけ。
意外と(面識はないけど)知ってるやついるな。

眼鏡はバクゴーに臆することなく、妙な動きでその近くまで歩み寄ると、びしりと机の上に置かれた足を指さした。

「机に脚をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

製作者までいくの?

「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」

メタ発言ととらえられかねない言葉はやめろ。

まだ二人だけだが、とりあえず濃いクラスであることは確定した。
……考えてみれば雄英だ、普通のやつが入ってくるわけがないか。

ぎゃあぎゃあわあわあ、バクゴーと眼鏡が言い争う。ぶっ殺しがいがあるだのと物騒な言葉も聞こえてきた。あいつ敵より敵らしくないか。

そんな喧騒をよそに、鞄が震えたので、中から携帯を取り出す。入学祝にと叔母がスマートホンを買ってくれたのだが、いまだに操作がわからない。なんだっけ、スライドすればいいんだっけか。
指を置いて、そっと画面をなぞってみる。画面には新着メールあり、との文字があった。

慣れない操作をしながらメールを開いてみると、叔母からだった。

「件名:祝!
 本文:さっそくお友達ができたみたい!」

添付写真は、余所行きの白い服ではにかむ心白と、その右隣で背筋を伸ばしている可愛らしい女の子、左でおちゃらけたポーズをとっているやんちゃそうな男の子。
友達ができたのは喜ばしいが交際は認めないからな。

その旨を返信し、再び携帯を鞄にしまう。ちょうど、猫背の先生がのっそりと教室にやってきたところだった。



「個性把握テストォ!?」

体育着に着替えさせられ、担任だという相澤先生に連れられてやってきたのはだだっ広いグラウンド。そして告げられた言葉を、クラスの何人かが素っ頓狂な声で反復した。

「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間ないよ」

生徒の言葉をばっさりと切って、相澤先生は白い円が書かれた地面へ足を進める。
どこかで見たことがあるような気がしたけど、雄英の教師はみんなプロヒーローだし、彼もそうなんだろう。それにしても小汚いな。ヒゲくらい剃ればいいのに。

「雄英は自由な校風が売り文句、そしてそれは先生らもまたしかり」

そこでようやく、相澤先生はこちらを振り向いた。
もっさりと前髪の向こうから、鋭い双眸がこちらを睨む。

先生の持つ端末に、基本的な体力テストの種目が表示されている。

「中学の頃からやってるだろ? 個性使用禁止の体力テスト。あれは、未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている、合理的じゃない。まあ、文部科学省の怠慢だよ。
……実技入試成績のトップは爆豪だったな」

唐突に変わった話題に、誰もが戸惑ったようだった。
自然とクラスの目は「ヘドロのバクゴー」へと向かう。

「中学の時、ソフトボール投げ、何mだった?」
「67m」
「じゃ、個性を使ってやってみろ」

相澤先生はどこから取り出したのか、白いボールを爆豪に投げ渡した。
ただのボールかと思いきや、計測機器のようなものが取り付けられた特別製らしい。促されて爆豪はボール投げの円に立ち、ぐっと腕を伸ばした。

「円から出なきゃ何してもいい、早よ。思いっきりな」
「……んじゃ、まぁ……」

爆豪は腕を回したり、肩の調子を確かめたりしてから、思いきり振りかぶった。ニュースの情報によれば、個性は「爆破」だっただろうか。となると。

「死ねえ!!」

ヒーローらしからぬ言葉とともに、ボールが勢いよく飛んでいく。
球の威力×爆風か、なるほど。コントロールさえできれば、あのボールだけで武器になりそうだ。

「まず自分の最大限を知る」

ぎりぎり視認できるかできないかのところに、爆豪の投げたボールが落ちる。

「それがヒーローの素地を形成する、合理的手段」

端末の画面には、705.2mという驚異の記録が表示されていた。

700m越えに沸く生徒、面白がる生徒、個性が自由に使えることに喜ぶ生徒。
さて、俺の個性はどう使うべきだろう。ボール投げはいいとして、さっきちらっと見えた握力と反復横飛びはどうにもならないな。

どこでどう使おうかと、自分の髪を結びながら考えていたら、ふと顔を青くした男子がいるのに気が付いた。
もさもさしたわかめみたいな頭のそばかすくん。そんな反応をしているのは彼だけだ。

そういえば、試験会場で注意されてたっけ。眼鏡に。

「面白そう、か」

ぽつり、相澤先生はつぶやいた。たった一言に多大な呆れと、わずかな怒りがにじんでいるのに気が付いて、口を開いていた生徒たちも黙った。

「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? ……よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

『はあ!?』

今度こそ、俺も思わず口を開いた。俺だけではなく、大多数が。



「ママ、おにいちゃんからお返事来た?」
「ちょっと待ってね。……ぶふっ! あなた、見てこれ!」
「ん? どれ……ふっ! 『交際はまだ認めないとその子に言っておいてください』って……あいつは全く気が早いなあ!」
「こうさいってなに?」
「ま、そのうちわかるよ! さて、帰ろうか」
「そうねー。あ、そうだはーちゃん、今日のご飯、ママが作るからね! 何が食べたい?」
「ママが!? えっとね、じゃあ、筑前煮!」
「渋っ! ぴかぴかの小学生の味覚しっぶ!」
「なまえは味覚が老成してるからなあ、はっはっは」
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