ああ、僕はもう泣きません


「……なんつうやり取りがあったのさ」
「全くもう……。気持ちは分かりますわ。だけど傷口を焼いてふさぐとか、氷のスロープを作ってみょうじさんを下ろすとか、やりようはあったはずでしょう?」
「悪ぃ……」

八百万に言われて、焦凍は気まずげに小さくなった。小動物っぽい。

思わず丸っこい頭を撫でると、何度目かのため息が八百万の丹花の唇から零れ落ちた。
手元に持っていた紙袋を俺の前に置いて、イスから立ち上がる。

「私は、次の仕事が控えていますので失礼いたします。轟さんもみょうじさんも、もうプロなんですから、プロとしての判断をお忘れになりませんよう」
「うん。重ね重ね、ありがとね、コレ」
「大したことじゃないですわ」

包帯が巻かれた腹を指さすと、八百万は柔らかく微笑み、病室から出て行った。
忙しい合間に見舞いに来てくれたお礼をいつかせねば。

俺が死にかけた事件の際、八百万は焦凍とともに現場まで来てくれていた。

気絶した、というか心肺停止になった俺を目の前にして崩れ落ちた焦凍に喝を入れ、その場で救命セットを創造ってくれたのである。
おかげでどうにか一命をとりとめ、さらには損傷して使い物にならなくなった臓器の代わりも創造ってくれた。

彼女がとんでもない売れっ子ヒーローの理由が分かった気がした

「……検査、どうだったんだ?」
「ああ、うん」

焦凍が緊張した面持ちで聞いてきたので、俺はなるべくあっさりと伝えた。

「やっぱ無理だった。片足、もう動かないってさ」

民間人の避難のために、防戦を強いられたのがよくなかったらしい。
臓器の損傷に加え、足の神経がどうとかで、俺の右足はもう動かない。つねっても叩いても何も感じないから、うすうすは感じていたが。

「……そう、か」
「残念だけど、俺足使わないと攻撃できないしなー。救助も難しいし」
「じゃあ」
「うん。近々発表するよ。つってもまあ、俺事務所もないし、そこまで有名でもないからアレだけどさ……まあ、引退だなあ」

幼いころから志してきた職業にやっとなれたのを、まだ30にもなっていないのに諦めなくてはならないのは、そりゃ悔しい。だけど、残念ながら俺にどうにかできるものじゃないのだ。俺の個性はもろに足を使うし。

「……どうすんだ、これからは」
「のんびり考えるー……って言いたいんだけどさ、昨日根津校長来てさ」
「ああ、だから今日『さ』ってよく使うんだな」
「超移るよあれ。んで、こんなものをもらった」

サイドボードに置きっぱなしだった封筒を取って、中身を見せる。
俺たちの母校・雄英のロゴが目立っていた。

それに目を通した焦凍が目を丸くする。

「……教師? みょうじが?」
「何その顔。俺教員免許持ってるからね、これでも。……まあ現役でプロのヒーローじゃないんだけど、普通科とかサポート科の授業ならできるだろって」

根津校長がもちかけてきたのは、雄英で教師として働かないかということ。

八百万ほどではなかったにしろ、そこそこ頭はいいし、救助や避難誘導なら力になれる。そこを買われたのだろうか。

考えさせてくれとは言ったが、根津校長はじゃあまた今度書類持ってくると言っていたので、たぶんほぼ決定事項だろう。
紙を俺に返しながら、焦凍はそうか、と何か納得しているようだった。

「とりあえずはそんな感じかな。この後また取材があって面倒くさいんだコレが。静かに養生させてくんないかね」
「そりゃ無理だろ。お前、自覚ないかもしれないけど、相当人気ヒーローだぞ」
「元、な」

「…………」

焦凍はしゅんと肩を落としてしまった。頼むから泣くなよ。俺はもう焦凍の泣き顔だけは見たくない。

とりあえず抱きしめようかと腕を持ち上げかけたら、焦凍はがりがりと頭をかいた。珍しい行動に首をかしげていると、今度は鞄から小さな箱を取り出す。
ビロードが張られたその箱は、見たことがないけど見覚えのあるもの。

「……焦凍くん?」
「なまえがヒーロー続けらんねえのは、俺のせいでもある」
「いや、そんなことは」

聞いてくれ、と言って、焦凍は俺の目を見た。いつだったか、告白してくれた時の顔と被る。

「だから、償わせてくれ。俺の残りの人生、全部懸けて」

軽い音を立てて箱が開き、中からシンプルな指輪が表れた。
男がつけることを考慮したのか、飾りは最低限。それでもどんなものより美しく見えた。

まさか、仕事が伸びたと言っていたのは。

勢いよく顔を上げると、言いたいことを察したのか、照れくさそうにそっぽを向く。どうやら、当たりらしい。

「……まじかあ……」
「受け取ってくれるか?」
「うん、もちろん。にしても、あー……まじか……」

俺がショックを受けているのには理由がある。
むろん焦凍に言われた言葉が原因じゃない。いやある意味原因だとも言うけど。
寝室の机の上にあるだろう箱を思い浮かべて、俺は頭を抱えた。

「どうした?」
「んん。焦凍、それ着けるの、もう少し後でいい?」
「今つけてくれないのか?」
「うちにもあるからね、もう一個」
「もう一個?」
「そう、もう一個」

焦凍の左手を取って、薬指に口づける。
色白の頬が赤く染まって、「もう一個」の意味を悟った彼は眉を下げた。その目に涙が溜まっていくのを見て、俺は苦笑した。

「泣かせてごめんね、焦凍。俺にも償わせてください。一生懸けて」

泣かせるのは、今回が最後だ。

お題:遠吠え
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