できるキノコの真価


ただ指を切っただけでそれは大げさな気がする。
時枝は大げさじゃないよ、と言いながら立ち上がり、部屋を出て行った。少ししてから、絆創膏の箱を持った彼が戻ってくる。あれ、消毒液は?

その疑問を口にする前に、時枝は再び俺の前に座ってから、未だに血が出ている指を取り上げた。
いつもと変わらない目つきのはずなのに、なんだかいつもと違って見えて、思わずどもった。

「な、なに、」
「だから、消毒」

小さい口が開いて、時枝の口に俺の人差し指が消える。
固まった俺など気にも留めていないようで、傷口を生暖かいものが滑った。ぞくっとしたものが首筋を走る。

「ちょ、や、き、汚いって」

首を横に振られた。
口をいったん外すと、時枝がなんでもないような口調で言う。

「おれ、みょうじの指、好きだよ」

再び、指がくわえられた。
明らかに消毒の意図なんてないだろう動きで、傷口がねぶられる。
握られた手にじんわりと汗がにじんで気持ち悪いだろうに、時枝は放さないまま。指先だけでなく、付け根まで口の中に入れて、ちらりとこちらを見上げた。

俺は生唾を呑み込んで、くわえられている指を時枝の喉の奥へと突っ込んだ。

「ん、ぐっ」

驚いたのか少し開いた口に、中指も突っ込む。

苦しげな顔と声の時枝に、知らず息が荒くなった。後ろに身を引いた時枝につられるように、俺も前のめりになる。

閉じられないからか、時枝の口の端から唾液が伝う。顎を伝って首まで流れるのを見て、思考がぐるぐると回りだした。

友人に。しかも同性に、俺は何をしているんだろう。

「は、ふっ、みょうじ……」

吐息交じりに名前を呼ばれて、ぐるぐるとめぐっていた思考がぶつりと途絶える。
半分閉じかけた時枝の目が、ちらりと嬉しそうな色を見せた。

できるキノコ、と常々言われている時枝。
フォローがうまいとか、仕事ができるとか、そういう意味で「できる」と言われているのだと、今まで俺は思っていたのだが。

彼の真価は、人を乗せさせることにこそ発揮されるのだと、時枝を床に押し倒しながらこっそり思った。

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