きみが幸せでいられますように


自室で、支部長が本部に赴く際にもっていく玉狛支部の活動記録をまとめていたら、不意にドアが開いた。

驚いてふりむくと、そこに立っていたのは迅。
珍しい。いつもはきちんとノックしてから入ってくるのに。

今日はさらに珍しいことに、ぼんち揚げを手にしていなかった。

どうしたのだろうと思って首をかしげると、迅はへらっと笑ってから、つかつかと僕のもとに歩み寄ってきた。
そして椅子を回転させ、僕を自分の方に向けると、ぎゅっと抱きしめてくる。全てが流れるような動作で、止める間もなく僕は迅の腕に収まった。

声を出せない口で迅、と呼んでみるけど、彼は動かない。
どうしたらいいかと迷って、いつかのように背中に手を回して、とんとんと一定のリズムで叩いてみた。

しばらくそうしていたが、迅はやがて大きくため息をつき、僕を持ち上げる。そのままベッドの上に下ろされて、再び抱きしめられた。
迅に応えつつ、片手で枕元の携帯を取ろうと手を伸ばす。しかしその手を抑え込まれて、結局僕は迅の腕の中におさまった。

甘えるようにすり寄ってくる恋人は珍しくかわいいけど、一体何にそこまで不安になったのだろうか。さっきから何も言わないからわからない。

不安の理由を聞きたいし、慰めたいけれど、画用紙も携帯もないから、僕は何も伝えられない。

僕は人から言葉をもらうばかりだ。
自分が人に伝えるためには、必ず何か媒介がなくてはできなくて、それがいつももどかしくて寂しい。

迅が人一倍不安になりやすい性質も、僕の未来をよく読み逃すことを気にしていることも、ずっと一緒にいたから知っているのに。
だからこそ、言葉で埋めたいのに。

何枚画用紙を使っても、抱き締めても、キスをしても、迅の不安はなくならない。
きっと不安をとかす唯一のものは、言葉なんだろう。

「…………、」

じん、と呼んでみる。

聞こえないはずなのに、彼は「なに?」と返事を返してくれた。

「どうかしたの、なまえ」
「…………」

好きだよ、と言ってみた。

だけど、迅は答えない。きっとわからなかったのだ。

(ああ、)

もし、声が出たなら。

いつまでも過去にとらわれていないで、今この現実を、幸せを享受できたなら。

「なまえ、どうした?」
「…………」

こちらを覗き込む迅に、なんでもないと、首を振った。

迅の肩を押して体を放し、なんとか携帯を手に取る。メモ帳を開いて文章を打ち、今度は後ろから抱きしめてくる彼に肩越しに見せた。

『何かあったの?』
「…………なまえが」

僕が、どうかしたのだろうか。ここまで不安がっているのなら、何か重大なことに違いない。
続きを待っていると、ため息交じりに迅が言った。

「……なまえが、出水とメシ行ったって。……太刀川さんから聞いた」
「…………」
「おれ、最近全然なまえと出かけらんないのに」
「…………」
「そりゃ後輩とメシ食べただけなんだろうけどさあ……なんかさ……」
「…………」

とりあえず、今日は迅とラーメンでも食べに行こうと思います。

お題:確かに恋だった


prev next
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -