歩幅を合わせることですら僕には精一杯だった


太刀川さんが、大学のレポートをためていたのが忍田本部長にバレた。
おかげで今日の任務は取り消しで、ヒマになってしまった。

「あーもう、しょーがねーなうちの隊長は……。柚宇さん、今日どっか行く?」
「今日はねー、新規稼働のゲームやりに行くんだー。出水くん一緒に」
「あ、ゴメン俺今日用事あったから行くわバイバイまた明日!」
「えー残念。またねー」

カバンを肩にかけて、急いで隊室を出る。
柚宇さんと一緒にゲーセンに行くと、金がいくらあっても足りない。あの人は給料全てをゲームに捧げていると言ってもいいのだ。

しかし、そうなると本当にヒマだ。たまには家で勉強をするのもいいかもしれないが、本部まで来たのだから、せめて一戦くらいはしなければ帰れない。

ロビーを歩きながら誰かいないかと探していたら、大きなトートバッグを持ってとてとて歩いている人物を見つけた。

「あっ!」

思わず声をあげると、向こうも気が付いたのか、こちらを振り向く。にっこり笑って手を振ってくれたみょうじさんに、俺は急いで近づき。

「お疲れ様です、みょうじさん!」

腰を90度に曲げ、声を張り上げてそうあいさつした。
ロビーの連中は一気にざわめく。

自分のキャラでないことも、そこまで緊張しなくていい相手であることも知っている。
よしよしと頭をなでられて、肩を軽く叩かれる。顔を上げろ、の合図だ。

顔をあげると、大きな画用紙にさらさらと何か書いているみょうじさんがいる。そう時間も経たず、前と同じように丸っこい字を見せられた。

『久しぶり。そんなに怖がらないで』
「い、いえ、えーっと……。あ、飲み物買ってきましょーか!」
『大丈夫。太刀川さんは?』
「今、隊室でレポートやってます。忍田本部長に見張られてて……」

おれの言葉に、こらえきれないというようにみょうじさんが吹き出す。肩を揺らしているその姿は、まったく怖くない。
怖くない、のだが。

「(やべえ……トラウマぜんっぜん克服できねえ……!)」

みょうじさんは、おれを太刀川隊のシューターにすると宣言して、超スパルタ訓練を実施した。
C級のクソガキに、A級間近のみょうじさんが、容赦なくアステロイドだのメテオラだのを撃ちこむ。槍バカでさえ顔をひきつらせた。
俺だって、訓練が終わった後、毎回トイレに駆け込んで吐きまくっていたくらいだ。

『言葉が話せないから、体で覚えてもらうしかないんだ』と書かれた画用紙を見せられた時のあの絶望感は、きっと誰にもわかってもらえまい。

彼が太刀川隊を抜けた今でも、畏敬の念と言おうか、刻まれた恐怖と言おうか。
そんなものが抜けなくて、どうしても礼儀正しく、ともすれば舎弟ともとれるような言動をとってしまうのだ。
普段の彼は、全くもって怖くもなんともないのに。

「けど、みょうじさん、どうして本部に? 今玉狛っすよね?」
『太刀川隊の任務を代わりに引き受けたんだ』
「あ、あー……。すいません、太刀川さんが……」
『特に用事はなかったから、平気』

気にするな、とでもいうようにおれの師匠は再びにっこり笑う。その様子にホッとしつつ、それならと声をあげる。

「なら、おれも行きますよ。もともとおれらの任務だったし、おれも用事なくてヒマだし」
『せっかくヒマならゆっくりすればいいのに、いいの?』
「はい。模擬戦の相手も、見つからないんで」
『僕とやる?』
「すいません、それだけはもう勘弁してください……」

いくら俺の方が強くたって、トラウマのせいでうまく戦えない。
勝ったとしても再びトイレで嘔吐コースだ。

みょうじさんはにやにやしながら、どっきり大成功、のフリップを取り出した。わざわざ持ち歩いているのだろうか。
お笑い好きで、笑い上戸のこの人のことだからあり得る。

『終わったらご飯でも食べに行こうか』
「マジっすか! じゃあエビフライで!」
『わかった』
「あざっす!」

みょうじさんが換装しながら歩き出す。
コート型の隊服をもう着ていないのは残念だったけど、こっちのほうが緊張はほぐれる。たまにはこの師匠に褒めてもらおうと、おれも換装しながらそう決意を固めた。


(エビフライはおいしかったです。)
お題:確かに恋だった


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