私だけに笑ってみせて


「あ、みょうじさんだ」
「は?」

学校帰りに辻ちゃんを見つけて、任務の時間までどっか遊びに行こうと強引に連れ出した。

どこへ行こうか話しながら歩いていたら、よく知る人物が横断歩道の向こうにいる。携帯をいじっているようでこちらには気づいていない。

「みょうじさんって、二宮さんの友達の」
「そそ。俺とも仲いいけどね」
「いえ、それはどうでもいいです」
「辻ちゃんって、俺に対してものすごく辛辣だよね」

だってそれ相応の態度をとるじゃないですかと、可愛くない後輩が言う。これでも可愛がっているつもりなのだが、なかなか伝わらない。

ふと、みょうじさんの元に誰かが近づいていくのが見えた。
黒いストレートヘアに、モード系のシンプルな服装。すらりと伸びた肢体がまるでモデルのようだ。

みょうじさんはその人の顔を見て、少し驚いた後に笑った。
そう、笑ったのだ。あのみょうじさんが。
滅多に笑わないどころか、表情筋が死滅しているのではないかと疑うほど、顔色が変わらないあの人が。

「…………」
「? 犬飼先輩?」
「あ、ゴメン、なんでもないよ」
「そうですか? ……誰でしょうね、あの女の人」

気にしないようにとした矢先に、辻ちゃんが再び蒸し返す。彼女かな、なんて、そんなわけがない。だって、彼は。

「(……そんなわけがないって、どうして言い切れる?)」

みょうじさんは俺に付き合ってくれているだけ。
俺が知らないだけで、彼女ができたことだって十分あり得る。ゲイの俺と違って恋愛対象は女の人だし、第一、俺は彼の家で見るみょうじさんしか知らない。

みょうじさんは俺が見たことのないような顔で、その女に笑いかける。顔をサングラスで隠したその女も、楽しそうに見えた。

どろどろと、何か黒い感情が沸き上がってくる。
先日感じた、あのもやもやとした何かとは全くの別物だった。

信号の色が変わり、立ち止まっていた二人が歩き出す。
いつの間にか渡りもしない信号の前で立ち止まっていたことに気が付いて、慌てて足を動かした。辻ちゃんが追いかけてくるその向こうで、みょうじさんたちの会話が聞こえた。

「……、今度はいつ?」
「まだわからないのよ。なるべく早くなるように頑張るわ」
「ふうん。まあ無理すんなよ」
「ありがとう。それじゃあ、またね」

ヒールの音が遠ざかっていく。肩越しに伺うと、女性は横断歩道からまっすぐ行き、みょうじさんは俺達と反対の方向に歩いていた。

ぎりっと唇をかみしめる。

「犬飼先輩」
「……ゴメン、もう平気。ゲーセンでも行こっか?」

辻ちゃんはいまいち納得しきれていない顔だったけど、突っ込むのはやめたらしい。懸命な判断だ。

いかに辻ちゃんといえど、いま何か言われたら、感情を抑えられる自信がない。

みょうじさんは、俺に付き合ってくれているだけ。
俺は二宮さんが好きで、代わりにみょうじさんに抱いてもらって。

ここ数か月で、それは何度も頭に刻み込んだことなのに、どうしてか。

「…………」

俺以外を抱くみょうじさんを想像したら、なんだかとても、厭な気分になった。



「二宮隊長」
「どうかしたのか、辻」
「いえ、気になったんですが。犬飼先輩ってみょうじさんのこと、好きなんですか?」
「は? ……あいつらは両方男だろ」
「だけどさっき、モデルみたいな女の人と、みょうじさんが一緒にいて。それを見たら一気に不機嫌になっていたので」
「……モデルみたいな女?」

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