たったひとつの願いなんだ


とある日、前触れもなくみょうじはおれたちに告げた。

「この隊を抜ける」と。

もしかしたらサインはどこかに散らばっていたのかもしれないけど、おれは見逃したし、みょうじは隠すのが巧かった。

もちろん、どうして抜けるのか、と問い詰めた。するとみょうじは困ったように笑って、自分の口をとんとんと指で示した。つまり、自分が話せないことを言っているのだ。

いつも机の上に置いていたスケッチブックの新しいページに、丸い字が書きこまれていく。何年も話せない生活だったせいか、みょうじの字はきれいだが、書くのは速い。

『僕が話せないと、連携するときに難が出るから』

トリオン体になっても話すことができないみょうじは、了解の時と拒否の時のみ、通信機を指で叩いて応答していた。
オペレーターがモールス信号を覚えればよかったのかもしれないが、そんな悠長に通信している暇はないと、既に彼に却下されている。

『この隊はきっとA級になる。その前に、抜けさせて』

2枚目の紙にはそう書かれていた。
みょうじがそう信じてくれているのは隊長として嬉しかったものの、彼が抜けてしまってはその信頼に応えられない。
そういうと、みょうじはちょっと待ってて、とジェスチャーをして、少し席を外した。

そして戻ってきたときには、まだ制服の糊もとれていないような、小柄な中学生を連れてきていた。

『この子なら、僕より強くなるよ』

どこか自慢げにそう書かれた紙を受け取って、とうとうおれは何も言えなくなった。それだけ、意思を固めているのに気づいてしまったから。

「……そいつ、ホントに使い物になんのか?」

最後の悪あがきとばかりに聞くと、みょうじはこくりとうなずき、僕より強くなるよ、と書いた下に、ちいさく書き足した。

『僕が鍛えるから』

「……わかったよ、みょうじ」



小さな画面の向こうでは、黒い隊服を翻したみょうじが、C級の白い隊服に身を包んだ少年に容赦なくアステロイドを撃ちこんでいる。シールドも間に合わず、撃ち返すこともかなわず緊急脱出していく少年は、現在天才とまでたたえられている。

ぼんやりとその映像を見ていたら、背後から誰かがのぞき込んできた。

「うげ、懐かしい。みょうじさん容赦ねーっすよね、今見ても」
「まあなー。そんだけ出水に期待してたんだろ、あいつは」
「だからって、まだ基礎もできてないようなC級にフルアタックって。やっぱえげつねーわ」

出水は当時を思い出したのか、ぶるっと体を震わせた。

連れてきたC級を自分が鍛えると宣言した彼は、鬼のような(見ている俺が出水を哀れに思うくらいの)訓練をこいつ、出水に課した。

結果、出水は師匠であるみょうじを大きく超えるまでに成長し、シューターのマスタークラスに達した。

そしてようやくA級になった途端、みょうじは宣言した通り太刀川隊を抜けてしまった。
今は、玉狛支部にいる。

映像の中では、出水を倒したみょうじが、カメラに気が付いて照れくさそうに笑っている。カメラは出水の復習用にと国近が撮っていたのだが、撮らないでというようにみょうじに手を振られ、画面が笑ったように細かく揺れた。

彼はよく笑う人間だった。

横目で隣の人物を見る。続いて始まったランク戦にくぎ付けになっている出水が、じっと敵を見つめ、的確にアステロイドで射抜いていたみょうじに重なった。

A級でソロになった彼はあちこちの隊に誘われていたけど、結局は迅に誘われ、玉狛に入った。あの笑顔やあの援護を受けられるのは玉狛、と思うと少し悔しくもなる。

だけどそれ以上に、ゆるやかな雰囲気にそっと包まれて、抱えているものを融かして。


そして、いつか声が聞けたら、なんて夢見てしまうのだ。

お題:確かに恋だった


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