祈ってやまない


「おーっす、なまえ。ぼんち揚げ食う?」
「…………」
「ん。今日はあったかいなあ。そろそろ夏が来るのかね」
「…………」
「いやー、夏はちょっとねえ。最近暑いしさ。エリートもさすがに参るよ」
「…………」

おれがおどけたように言うと、垂れ気味の瞳をさらに下げて、なまえはおかしそうに肩を揺らした。

おれの恋人、みょうじなまえは、声が出ない。

会った時には、もう喋っていなかった。
昔は喋っていたらしいけれど、今は全く話せない。耳が聞こえないわけではなくて、精神的な理由で喋れないそうだ。


原因は、第一次近界民大侵攻。

目の前で家族を全てトリオン兵に殺され、自身も一時はトリオン兵の腹の中に納まっていた。ボーダーに助けられたことがきっかけで、現在、なまえは射手としてA級にいる。

「ねえなまえ」
「…………?」

首をかしげる。
髪が揺れて、耳の赤いピアスが見えた。去年の誕生日に、おれが送ったもの。

「大好きだよ」
「…………」

口が動く。

音を紡がないその口が、何度も何度も同じことを言ったから、今は唇の動きで何を言っているかわかる。

『ぼくもだいすきだよ』

未来を視るサイドエフェクト。
何度も助けられてきたし、今更捨てたいなんて思わない。辛いことも多いけれど、それ以上に守りたいものが多いから。

だけどそれを使っても、彼が言の葉を発する未来はいまだに視えない。

トリオン体になったって声は出なくて、おれはいまだに彼の声を聴いたことがない。きっとばかみたいに優しい声なんだろう。

「好きだよ。なまえ」

ソファの隣に座る恋人を、思い切り抱きしめる。
苦しいのか肩をとんとんと叩かれたけど、やめる気はなかった。

家族も亡く声も無く、A級に上がったらさっさと隊は抜けてしまって。
彼を縛るしがらみは、何一つないように思えて。

いつか煙のように彼が消えて行ってしまうのではないかと、いつだって不安で。

「なまえ」
「…………」

節ばった手が、おずおずとおれの背に回される。肩に華奢な顎が乗る感覚があって、触れ合った胸の部分からは少し速い、でも確かな鼓動が伝わってくる。

「…………」

顎が動いている。間隔が短いから、たぶん、「じん」とおれを呼んでいる。

応えるようにもう一度彼の名前を呼んだら、背中の手が移動して、髪をなでつけるように優しく動く。再び顎が動いた。また、名前を呼んでくれたのだろうか。


なあ、なまえ。
おれはやっぱり、お前の声が聞きたいよ。

お題:確かに恋だった

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