恐怖でこわばった体


先日の大侵攻でとらえた近界民は、玉狛支部の地下にいる。支部の特性上、幽閉だとか監禁とかじゃなく、本当にただの「保護観察」だ。名目は捕虜だとしても。

いくら近界民といえど、トリガーがなければ戦えはしない。たとえ角があろうとちょっと邪魔だな、程度で済んでいる。あれのせいでうつぶせにしか寝られないらしい。

そんな微妙に哀れな捕虜さん、ヒュースは、今俺の膝の上にいた。

『おわかりいただけただろうか……。人などとうてい立てるはずもない崖に、白い人影が……』

「……ッ……!!」

地下にはベッドと机、いすくらいしか家具がないから、さすがにヒマだろうと、俺はちょくちょく上に引っ張り出していた。しかし外に出すことは難しいから、俺はときどき映画を見繕い、ヒュースに見せてやっていた。
東隊のオペレーター、人見がセレクトしたホラー映画を。

「あー、今人影以外にも足だけあったな。ホラあの岩陰」
「やめろみょうじ、言うな!」
「えっ、何ヒュース怖いの? アフトの最新鋭なのに?」
「……ッ!!」
「ほらほら次は心霊写真特集だってよ」

膝の上でぶるぶると震えまくるヒュース。
内心腹を抱えて笑いたいのを抑えて、画面に現れた心霊写真を見る。大きな赤い顔が写真中に広がっているのを見、ヒュースはまたもや体を大きく震わせた。

怖がるヒュースを見て楽しむのが、俺の最近の日課だった。

がちゃ、と不意にドアが開く音がする。そちらを見ると、ぼんち揚げを手に持った迅が呆れたような顔で俺を見ていた。
ちなみにヒュースはその音にすら飛び上がりそうだった。

「うわ、みょうじさんまたやってんの、ヒュースいじめ」
「いじめてないだろ。日本にはこういう精神修行があるよって言ったら、ヒュースがやりたいって言ったんだから。なあ?」
「……う、ぐっ……」
「あんまやりすぎて嫌われても知らないよ。……あれ、コーヒーどこ?」

迅がごそごそと台所を探す音がする。あ、そういえば場所変わったんだった。

ヒュースをいったん膝から下ろして、ソファに座らせた。ついでにこいつにもコーヒー淹れてやろう、甘いやつ。

「コーヒーここな。淹れてやるよ」
「やった、おれみょうじさんのコーヒー好きだよ」
「これでもコーヒーマイスターの資格持ってるからな。ブラック?」
「うん。したら部屋でちょっと仕事してるわ」
「ん、了解」

豆をいくつか混ぜて挽いて、フィルターにいれる。いい香りが台所に満ちている頃、テレビからはうめき声が響いていた。

「……みょうじさん」
「ん?」

声を潜めた迅につられ、俺も声を低くする。

「今日、大変なことになるよ。ものすごく。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
「え、何それ怖い。帰ったほうがいいのかな」
「いやー、帰れないんじゃない?」

どういう意味だろうか。

淹れてやったコーヒーを手に、迅が意味深な笑みを浮かべて去っていく。
俺は首をかしげながら、ヒュースの分の甘いコーヒーと自分のを手に、彼の元に戻った。

ヒュースはソファの上で身を固くして、テレビにくぎ付けになっていた。
おお、すげえ怖い顔した男が写真に写ってる。

「ヒュース、コーヒー」

音を立ててテーブルに真新しいマグカップを置くと、微動だにしなかったヒュースの体が面白いくらいにはねた。パーカーのフードがずれて、角がむき出しになる。
こちらを振り向いた顔は涙目だった。
というか、振り向いた拍子に、一粒ぽろりと落ちてしまった。

まさか泣くとは思わなかったので、正直かなり動揺した。

「……あー……。……別の見る?」
「! 別に、オレはこの程度で、」
「志村●うぶつ園の犬スペシャルだけど」
「…………」

こく、と今度は素直にうなずくヒュース。相当怖かったらしい。
大分下にある頭をなでてやると、子ども扱いするなと口では言うものの、振り払いはしなかった。

代わりに頬がじわじわと赤くなっていくのが、フードがなくなったからよく見える。
アフトクラトルの誇り高き最新鋭さんは、撫でられるのが好きらしい。

「んじゃ、犬の見ようか」
「……ん」

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